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 夏はドアの反対側の壁まで体を引くと、思いっきり助走をつけてドアに体当たりをした。するとものすごい衝撃が夏の体の中に走った。強烈な、夏の行きたい方向とは真逆の、反対方向に向かう力を感じて、夏の体が部屋の内側に跳ね飛ばされる。

 夏は床に転がり倒れこむ。開かない。肩が痛い。ドアを蹴ったときの足の痛みとは比較できないくらいに肩が痛い。きっとそこにはあざができている。もしかしたら一生、そのあざは消えないかもしれないな、と夏は思う。(それはスティグマのように夏の体に一生残るかもしれない)

 ……でも、そんなことどうでもいい。今はあざよりも遥のことだ。夏は床の上に立ち上がる。あれくらいじゃ、ドアは開かない。もう一度。今度はさっきよりもより強く。より速く。夏は肉食獣のように体を縮ませて、思いっきり床を蹴って勢いよく走り出す。(夏の行動には迷いがない。それは瀬戸夏の人生において、とても珍しいことだった)

 夏は先ほどの行動を繰り返し、ためらいなくドアにぶつかる。どん!! と大きな音がして、さっきと同じように夏は部屋の内側に跳ね飛ばされる。夏は床の上に転がった。だけどすぐに起き上がる。

 当たりどころが悪かったのか、ドアにぶつかった衝撃で口の中を切ったようで、夏は舌の上に鉄臭い自分の血の味を感じた。その血を夏は床の上に吐き捨てた。赤色に染まる異常な世界の中では、その血はあまり目立たなかった。(夏の流した血は部屋の赤色とすぐに同化して、やがて夏の目には見えなくなった)


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