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木戸遥は木戸照子の部屋の前にたどり着く。とても近い距離。時間はほとんどかかっていない。遥の鼓動が速くなる。命が加速する。時間と空間が(ほんの少しだけ)短くなる。
命はリズム。存在は振動。時間は鼓動が刻む命の速度。人はその時間をある瞬間にだけ、命を燃焼させ、自らが火の玉となることで、自在にコントロールすることができるのだ。結果として命を削ることにはなるのだけど……。
もっと速く。もっと速く動いて。私の心臓。私の時間。私はこれから『私の一生分の時間をこの部屋の中で使うんだから』。ドアが開く音がする。遥は怖くて部屋の中を直視できない。それでも動きを止めないでいられるのは、夏にもらった熱が遥の中で篝火のように燃えているからだ。
前を見ないで、下の、暗い床を見ながら部屋の中に侵入する。後ろでドアの閉まる音がする。その音を聞いて、(なぜかとても大きく聞こえた)遥は一瞬だけびくっと体を震わせる。恐怖からではない。反射的な反応だ。
なるべく視界を上に上げないように移動する。遥は頭の中でこれからの行動をシュミレーションする。ガラスの壁の向こう側。昼の時間帯であればそこにある白い椅子の上にじっと座ってる照子だが、夜の時間帯にはそこに照子の姿はない。照子はさらにもう一つ、(遥の現在位置からだとガラスの壁のドアを含めれば二つ)ドアを挟んだ奥の部屋でぐっすりと寝むっているはずだ。遥自身が数時間前に寝かしつけたんだから間違いない。遥はそこまで移動して、照子の眠っているベットの脇に立って、静かに銃を構えればいい。私は銃を構えて、照子のおでこにその銃口を押し当てて、そこで引き金を引いて、照子の頭を撃ち抜いて、照子を殺す。
そこまで考えたところで一瞬、笑っている照子の顔が遥の脳裏に浮かび上がった。(それは遥の愛している、遥が一番見たいと願っている理想の照子の顔だ)遥は少し動揺する。遥は少しだけ吐きそうになる。でもすぐに遥は気持ちを落ち着かせる。自分をうまくコントロールする。(エラー、エラー、エラー)
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