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 夏の体はぶるっと震える。思考が中断できない。どうやら夏の安全装置は使いすぎて故障してしまったみたいだ。でも、私が私じゃなくなるってどういうことなんだろう? 今よりも自由になれるのかな? ……そうだったら嬉しいな。(本当に嬉しい)そうだったら、すごくいいな。夏はくすっと笑う。

 遥と一緒に空を飛びたいな。飛べるかな? ううん、きっと大丈夫。きっと飛べる。醜い私はもういないんだから。いるのは新しい私。嘘をつかない私。言い訳をしない私。嘘の瀬戸夏じゃない私だ。本当の瀬戸夏だ。(それに、私たちは友達だもん)ね、遥。夏は笑う。

 私は空を飛ぶんだ。遥と一緒に空を飛ぶんだ。遥と同じ世界の中で暮らすんだ。ね、いいよね、遥。私はここにいてもいいよね。私はこの世界に生まれてきてもよかったんだよね。

「遥」

「なに?」

「ありがとう」

 遥に聞きたいことは、まだたくさんある。わからないことも、まだたくさんある。でも、どうしても今、これだけは遥に伝えておきたかった。

 遥、ありがとう。私と出会ってくれて……。遥、ありがとう。私と一緒にいてくれて……。遥、ありがとう。私と会話をしてくれて……。遥、ありがとう……。

 私ね、遥のおかげですごく幸せだった。遥のおかげで私、今まで生きてこれたんだよ。遥がいなかったら私、もうとっくに消えちゃってたんだよ。遥がいなかったら私(今日)ここにいることができなかったんだよ。(きっと、ドームまでたどり着くことができなかったんだよ)

 ……力尽きて、足が動かなくなって、きっと死んじゃってだんだよ。だからね、ありがとう、遥。いっぱいいっぱい、ありがとうね、遥。

 夏の頭に遥の手が触れる。そのまま遥が背中から夏のことをぎゅっと抱きしめる。背中に遥の(夏よりも少し大きい)胸の膨らみを感じる。背中に遥の心臓の鼓動を感じる。命がある。背中に遥の熱を感じる。とても暖かい。遥の匂いが夏を包む。世界で一番いい匂いがする。夏はその匂いを嗅ぐ。安心する。遥の呼吸音が聞こえる。優しい鼓動の音が聞こえる。その音に夏は耳を傾ける。とても優しい音色の音楽だ。世界で一番好きな音楽だ。夏はくすっと笑う。

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