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「ケーキもあるよ」遥はいつの間にか、白い箱を両手で持っている。どうやら遥はその箱を夏に見えないようにテーブルの下に隠していたようだ。料理の乗った丸いテーブルの上の空いている場所に慎重にその箱を置くと、夏の目の前で遥はその箱の蓋をゆっくりと開けた。
……そこにあったのは、シンプルなデザインをした飾り気のないチョコレートケーキだった。でも、そのケーキを見た瞬間、夏の心はときめいた。夏の目は大きく見開いて、遥を見た。
「……どうしたのこれ。食べないって言ってたじゃん!」
「材料は一応揃っていたから、作ったんだよ。夏、ケーキ食べたかったんでしょ?」なんて優しいんだ。
「どうして急に?」
「照子の誕生日を祝ってくれたお礼だよ」遥は言う。そんなこと、夏はすっかり忘れていた。
「じゃあもうパーティーじゃない!? これってクリスマスパーティーだよね!?」夏は子供のようにはしゃいだ。嬉しくてたまらない。なぜこんなに興奮しているのか自分でもよくわからないくらいだった。
ケーキの先で遥は優しい笑顔で笑っている。夏は、なんだか泣きそうになった。
「澪も出ておいで。怒らないから」
遥が声をかけると遥の部屋の中にある大きくて四角いまるで水槽のようなディスプレイの中に根性のないクジラが遠慮がちに顔を出した。遥は許すつもりらしいが夏はそう簡単に澪を許すわけにはいかない。(私を一人だけで逃げ出した澪の罪は重い)夏は澪にちょっかいを出そうとして、(あるいは文句を言おうとして)澪のところまで移動しようとする。
……そのとき がりっという小さい音がした。
夏は音のした方向に顔を向ける。そこにはドアがあった。音は確かにドアの向こう側から聞こえてきた。誰もドアに注意を向けていない。遥も澪も気がついていない。音を聞き取れたのは夏だけのようだ。
……いる。ドアの向こう側にいるんだ。……クリスマスパーティーに参加したいのかな? その気持ちはわからなくはなかった。
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