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 夏は考える。

 遥の主張はわからなくもないけど、強引すぎる印象を受ける。もっとも遥も本気で言っているわけではないと思うけど……。このお話は私たちのお遊びのようなものなのだから。

 つまり遥の主張は、物語とは死という不治の病に対して処方する薬だということだろう。人類はその誕生からずっと死という病と闘ってきた。人類は死と戦うために物語という武器を作り出した。物語とは空想の世界を生み出す架空の兵器なのだ。

 中世から近世にかけてはそれは神話だった。それが現代では主に科学的な分野に主体をおいた物語になった、ということだろう。あるいはこの研究所そのものが、巨大なタイムマシンと言えるのかもしれない。(だってここは人類の最先端の技術を集結した研究所であり、その専門は人工進化の研究、つまり不老不死を目指す研究をしているところなのだから)

 あるいは私たちの出会いのすべては、巨大な物語であると言えるのかもしれない。私たちは今、この瞬間にも、私たちの知らない誰かに、ずっと遠くのほうから、ずっと高い場所から、あるいは過去や未来から、観測され、目撃され、そして、つねに消費されているのかもしれない。


「タイムマシンは科学ではなく物語だっていいたいんだね」

「そう。科学は光だから。暗闇を照らす光」

 科学者らしい意見だ。同時に、とても遥らしい意見でもある。夏は笑う。でも次の瞬間、一つの疑問が夏の頭の中に浮かび上がる。

「……でも、そうだとしたら科学によって実際に死者を蘇らせることができるようになれば、物語はなくなっちゃうのかな?」

「それはない」

「どうして?」

「死者を蘇らせることは絶対にできないから」遥は真剣な眼差しをしている。遥は真面目な科学者の顔をして、夏にはっきりとそう言った。

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