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「夏も触ってみる?」
「え?」夏は驚く。
「照子が夏に触ってほしいって言ってる。照子は寂しがり屋だから。それに夏のお誕生日おめでとうの言葉が嬉しかったのかもしれない」そう言って遥は笑う。
「えっと、手を握ればいいの?」
「できたら、頭を撫でてあげて」遥は立ち上がり、夏のために居場所を作る。
遥はとても優しい顔で笑っている。まるで遥は照子の本当の母親のように見える。親子のように見える二人。母親のような遥。遥の子供のような照子。外見もそっくりな二人。実際のところ、二人は本当に親子のような関係なのかもしれない。少なくとも照子にとって遥は、実験室の中でとはいえ、生みの親であることは事実だ。遥にとっても照子は自分が生み出した初めての命である。人工進化研究の最先端。人工生命体の成功例。超人と呼ばれる存在。子供と同じような存在。命。人工進化。遺伝子。
……人工生命体と子供はなにが違うのだろう?
遺伝子だろうか? では生命とは遺伝子を伝達するためだけに存在しているのか? その問いは、先ほどお昼ごはんを食べながら遥とお話をしているときにも一度、考えた問いだった。
意識とは錯覚にすぎないのか? 遺伝子を運ぶために人は夢を見ている?
夢の世界を生きる。
夢から覚めると、死ぬ。
悟りとはその夢から意識的に目覚めること。生きることは嘘をつくこと。大きな嘘を受け入れること。夢の世界の中で喜び、恋をして、愛を育て、空を見上げる。
……大地を駆ける。
「……冷たい」夏はとても慎重に照子の長くて美しい白色の髪の毛に自分の手で触れる。その感触はまるで最上級の絹のようになめらかだ。だけど同時に、照子の体は信じられないくらいに冷たい。とても生きているとは、生命とは思えない冷たさだ。その冷たさによって、夏の思考は一気に現実に引き戻された。
やっぱり、これは人ではない。それどころか、おそらく命ですらない。
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