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「でも軍事転用はされてるでしょ? 人工知能だってそう。アンドロイドやロボットが人間の代わりに戦争するんだし、人工進化だって超人を作ることが最終目的なんでしょ?」夏は慌てずに美味しいコーヒーを一口飲む。そうやって心を落ち着かせながら、体の内側では冷静さを取り戻す作業を高速で始める。

「結構詳しいね。こういう話好きなの?」

「私がここに来るためにどれだけの資料を読んできたと思ってんの?」夏はにっこりと笑う。夏は木戸遥に関係する資料とその周辺研究領域にある論文のほぼすべてを読破し、そのほとんどを暗記していた。もちろん夏に理解できる範囲の、それもきちんと正式に表に出ている資料のみ、の話だけど。 

「そうだね。それは否定できない。確かに軍事利用される可能性は高い」

「超人になれば不老不死になれるって話、本当なの?」

「それは嘘。誰も死からは逃れられない」

 夢がないな。きっぱりと言い切られた。

「……誰も死からは逃れられない」夏は遥の言葉を繰り返す。

「長く生きることが目的じゃない。生命の目的は不死じゃないのよ。自らの死もまた大きな生の一部に過ぎないの。生と死は表と裏。どちらもかけることはない。それは同じ現象の裏表なの」

「同じ現象の裏表」

「そう。基本的に同じもの。生と死は綺麗に割り切ることはできないの。コーヒーの中にミルクが溶けるみたいに混ざり合っている」遥はそう言って、珍しくコーヒーにミルクを入れた。ティースプーンでくるくると液体をかき混ぜて、ブラックコーヒーはミルクコーヒーの色に変化した。それらを元の姿に分離することはもうできない。

「夏も使う?」

「いらない」

 夏はミルクを拒否した。

 その代わり四角い角砂糖を一つコーヒーの中に入れてからティースプーンでかき混ぜて、どろどろに溶かした。夏のコーヒーにはもともと角砂糖が二つ溶けているから、これで三つ目だ。さらに甘くなったコーヒーを飲みながら夏は部屋の中にある大きなディスプレイを見つめる。そこには一匹だけの孤独な白いクジラが泳いでいる。


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