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 二人が地底湖についてから、二時間くらい時間が経過した。夏と遥は地底湖にぽっかりと浮かんでいる孤島のような場所に二人で寄り添って座っている。

 その島はとても小さくて、二人が並んで座るとただそれだけで島の面積の半分以上が消失した。島には街灯が一本だけ設置されている。白いボートは結構、遠い場所を漂っている。ボートに取り付けられたオレンジ色のランプの光が、闇の中に浮かんでいる風景が見える。

「今日はなんでおやすみなの?」夏は質問する。もしかして、私のために休んでくれたのかな?

「照子の誕生日だからよ」遥はそう答える。

「今日だけお休みなの?」

「そう。一年に一度の休息日。一日中遊べる日」なぜ照子の誕生日が休息日なのかわからないが、遥が夏のために休んでくれたわけじゃないことはわかった。それはあらかじめ決められていた休日だった。夏は遥の部屋においてあった三角柱の形をしたカレンダーの赤丸を思い出す。

「今日、夏がいてくれてよかった。こんなに楽しいのは何年ぶりだろう?」

 その一言で夏の機嫌は一気によくなった。つまらないことでいちいち照子に嫉妬していた自分が、なんだか馬鹿みたいに思えてくる。

 遥の時間はとても貴重なものだ。木戸遥にとって時間とは最大の敵である。天才にとって一番の人生の課題は、生きていられる時間に限りがあるということだけだ。あとの問題はすべて些細なことにすぎない。その宝物のような時間を使って、遥は夏と遊んでくれているのだ。それだけで十分だ。とても贅沢なことなのだ。

「ここはさ、なんのためにあるの? 水中で実験でもするの?」

「水がね、必要なの。とても綺麗な水が……」遥はそう言って足の指先で、水面を揺らした。

「綺麗な水? 自然の水じゃだめなの?」

「うん。ここの水でなくてはだめ。本当は、もっと奇麗にしたいんだけど……」

「照子のため?」

「そう。あの子のため。あの子が生きていくために必要なもの」

 遥の目から悲しみが感じられる。……本気で照子を心配しているんだ。

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