77

 夏は水面から思いっきり顔を出して、大きく息を吸い込んだ。気持ちいい。悔しいけど、とても楽しい。夏の顔は笑っている。周囲を見渡してみると、すこし遠くに誰も乗っていない白いボートが浮かんでいた。夏はそこまで泳いでいく。白いボートにはオレンジ色の光を灯したランプが一つ、船頭に取り付けられているので、その周囲はとても明るい。

 そこまでたどり着いた夏はボートに体を預けて休憩する。

 遥はどこにいったのかな? ボートの周辺を探してみるが遥はいない。どうやら遥はまだ地底湖の中に潜っているようだ。

 事前の遥の説明によると、この地底湖に生き物は生息していないらしい。……ということは、ここは人工の湖なのだろうか? そもそもこの空洞自体、自然の物とは思えない。空間が綺麗すぎるのだ。おそらく人が作り出したものだ。人工的に、特殊な工作機械を使って、この空間を掘り出したのだろう。どことなく全体的にテーマパークのような作り物感がするのは、地上と同じで、地下も自然ではないからだと思う。

 地上のドーム建設といい、相変わらず変わったことをするな。なんでこんな手間のかかることをするのだろう? ……どうせ照子のためなんだろうな。

 そもそも最初から人工進化、遺伝子研究を目的としていたのかもあやしい。この研究所はいろんなところが特殊すぎる。もしかしたら、公にはできない、なにか別の秘密の研究でもしているのかもしれない。

 夏はぷかぷかと水面に体を浮かべながら、ずっと真っ暗な空を見ている。……まあ、そんなことは私には関係がない。どうでもいいことだ。遥がいるから私はここにいる。遥がここからいなくなれば、私もここからいなくなる。ただそれだけのことだ。

 遠くで水の音がする。夏が音の方向に目を向けると、水面から遥が顔を出していた。遥は夏の視線に気づくと、にっこりと笑って大きく手を振ってくれる。とてもかわいい仕草だ。

 遥に大きくてを振りかえしてから、夏はボートに両足をつけて力をためる。そのまま思いっきりボートを蹴ると、夏は遥のいるところまで一生懸命、(暗い水の中を、元気ないるかのように)泳いでいった。


 二人が水の中に消えて、世界はつかの間の静寂に包まれた。

 それからしばらくすると、白いボートから少し離れたところで、とても小さな水の跳ねる音がして、暗い水面に二人の少女が顔を出した。その顔は笑っている。二人はとても幸せそうに見える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る