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 夏は水面に手で触れてみる。結構あったかい。地底湖とはそういうものなのだろうか? それとも地上にある駅や列車のようなアトラクション施設と同じように、地底湖にもなにか仕掛けがあるのだろうか? いったいどっちなんだろう? うーん、わかんない。どっちでもいい。

 それにしても十二月に真冬の湖で泳ぐことになるとは思わなかった。楽しくないわけではないけど、あまりはしゃぐ気分にもなれない。それになんだかちょっとだけ眠い。やっぱりまだ旅の疲れが体から抜けきっていないのかもしれない。そもそもこれくらい温度調節ができるなら最初からドームの中を暖かくして欲しかった。

 ドームにやってきたときも、遥に内緒で地底の様子を見学に出たときも、昨日の夜、雪を見るために地上に出たときも、そのときは少しは温度を調整してくれたみたいだったけど、やっぱり結構、寒かった。……まあ、確かに事前にこれからいくって連絡をしなかった私が悪いんだけどさ。遥に黙って研究所の外に散歩に行ったのは、私だけどさ。そんなわがままを夏は思う。


 穏やかな地底湖の波に夏の乗る白いボートが揺れる。地底の空洞の中は、まるで春の三月のように暖かくて、ボートはゆっくりとゆりかごのように揺れて、夏は楕円形の形をした、ゴンドラのような見た目の白いボートの上で眠ってしまいそうになる。……なんだか昨日から私は眠ってばっかりいる気がする。今寝たら、そのことで遥にからかわれるかもしれない。それはあんまり嬉しくない。

 よし、と心の中で夏は気合を入れて上半身を起こす。それと同時にばしゃ! と言う音がして、思いっきり夏の顔に水がかかった。夏が呆然としていると、ボートのすぐ近くで遥が真っ暗な水面から顔を出している。その顔は笑っている。

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