Weihnachtserzählung-クリスマスのお話

hyu

Weihnachtsmarkt

「広場へ行こう。市が出てるんだ」

暖炉の前で本を読む君に、そう声をかけた。

「いち?」

君は大きな瞳を瞬いて、首を傾げる。


人込に連れて行くのは、君にとって苦痛だと知っている。

好奇の目に晒されたり、傷つけられたり、そういうことがあったから。

自然と家に籠もりがちになっている。

だけど、外に出るのが嫌いなわけじゃない。

窓辺に座って、いつも、どこか寂しげに町並みを見つめている君を知っているから。


「でも……」

言いかけた君に、マフラーを巻いて、

帽子を目深に被れば分からないよ、と微笑んで。

コートを着て、手袋をはめて。

戸口で刹那立ちすくんだ君の手を引いて。


暗い空から、キラキラキラキラ雪が降る。

光の破片が降ってるみたい。

でも、冷たいね。

冴え冴えとした空気の冷たさを、雪の感触を頬で感じて。

白い息を吐きながら、君は呟いた。


石畳の町並みを抜けて、たどり着いた広場は眩しいくらいの光に満ちて。

円錐の、光。

大きな籾の木、黒緑の葉をたたえた枝のそこかしこに、

光を弾く、オーナメント。

闇夜を照らす、光の木。


スゴイ、綺麗!

立ち止まり広場を見渡す、光に照らされた表情。

キラキラしてる……!

ふわり、と君は微笑みかける。

嬉しくなって、僕は、

もっと近くへ行こう、と歩き出す。


人々は湯気の昇るマグカップを

黄金の麦酒の満ちたジョッキを片手に。

傍らには、野菜の酢漬けピクルス肉の腸詰ヴルスト


子供たちは据えられた遊具に、メリーゴーラウンドに

分厚く張った氷の上にはしゃいで。


綿菓子、マジパン、チョコレート


シュトレン、シュネバル、レープクーヘン


パンケーキにパネトーネ、それからポップコーン


香木やシナモンスティック、藁や陶器のオーナメント


キラキラ綺麗な硝子細工


キャンドル、ポプリ、リース、愛らしい玩具たち


ひとつ、ひとつ、屋台を覗いて

眺めては囁きあう。

雑踏への恐れは、いつの間にか消えて。


甘い香りに誘われて覗いた屋台には、砂糖を絡めた木の実ナッツの山。

ひとつずつ、手の平に載せてくれたおじさんは

聖ニコラスの笑顔を浮かべて。



どこからか、聞こえてくるキャロル。


広場を埋め尽くした、屋台と人の中心。

ざわめきを見守るように、佇むクリスマスツリー。


すごーい……!!

立ち尽くして、仰ぐ。

明滅する光が君の瞳に宿り

頬に触れ、色素の薄い髪を輝かせて

とっても、綺麗、ね?

そう言って君が微笑むから

僕は、うん、と頷いて

君の笑顔に見惚れる。

夢見るように、光の木を見上げる君の横顔。




時が経つのを忘れて、ただそこにいたけれど、

ふと、君が白い息を手に吐きかけていることに気付いた。

頬は寒さからか朱を帯びて。


ツリーに夢中な君に、ここにいてねと言い残して

僕は屋台に向かった。

何か、温かい飲み物を。


蜂蜜の甘さとスパイスの効いたグリューヴァイン。

アルコールの苦手な君には、甘いショコラを。



ツリーの前に戻ると、何かを探しているかのように、

所在無げに辺りを見回す君の姿が目に入った。

名を呼ぶ僕に気付いて駆け寄り、どうしたのかと問う間もなく

俯き緩くしがみつく。

何かに怯えた様子で、僅かに震えていた。


ごめん、

急いで戻ったつもりだったんだけど

何か、あったの?


そう、尋ねてみても、君はただ首を振るばかりで。

でも、どうすればいいのか分からなくて、僕は

ただ、ごめん、と――そう言って、ショコラを差し出すしか、出来なくて。

両手で受け取って、君の瞳が僕を捉える。

どうして、と。


確かに、見惚れていたの。

大きくて綺麗なクリスマスツリーに。

キラキラして、綺麗だなって、思って、見てたのに。

一人になった途端、全ての色が抜け落ちたように

ただ、光はまぶしくて、不安になった。


なぜか分からないけど、でも……


言いかけて、君は言葉を切った。

それは、つまり――。



ここにいて。一緒にいて。


空いた方の手を、躊躇いがちに僕の手に重ねて。


いるよ、ここに。そばに、いるよ。


その手を強く、握り返して。



やっと微笑んで君は、温かなショコラに唇を寄せた。

僕はスパイスの香りが芳しいグリューヴァインを。


苦しくなるくらい、幸せな気持ちが満ちて。

愛しい痛みが胸を締め付けて。



もう一度、ツリーを見上げ

君はありがとうと微笑んだ。

僕の方を向いて、連れてきてくれて、ありがとう、と。

それから、ショコラも。



僕は言葉を失った。

ただ、僕が、一緒に来たかっただけなのに

ただ、僕が、見せたかっただけなのに

君の喜ぶ顔を見られた。

思わぬ言葉を聞けた。

それが本当に、嬉しくて。


どんなプレゼントよりも、ただ、君と過ごす時間。


こうやって、一緒にいられることが何より幸せだと、思った。


こうやって、手をつないで、微笑みあう。


そんな日々が、ずっと変わらず続いていけばいいのにと、心から思った――。



Fröhlicheフローリッヒェ Weihnachtenヴァイナハテン!

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