英雄気質の天才首席とグータラな秀才次席

大艦巨砲主義!

英雄気質の天才首席とグータラな秀才次席

 大いなる銀河系は、いま3つの勢力に分かれている。

 かつての銀河の支配者たる銀河帝国は崩壊し、銀河は無数の有力貴族や将軍、反乱で自治をもぎ取った民衆による国家が次々と誕生し、長い戦乱の時代となった。

 やがて時代の荒波は強者と勝者を次々に選別し、無数の国家はたちまち3つの勢力まで統合されてゆく。

 1つは帝国屈指の有力貴族で皇家の血も引く名門『白楊太閤』の再建した第2の銀河帝国たる『白楊帝国』。

 1つは時に銀河帝国にさえ権威をかざした宇宙に広がる一大宗教勢力による星間国家『審級教王国』。

 そして、荒波の時代に武力による宇宙の制覇を掲げ力こそを正義と自負する軍事大国『バルデガミラン』。

 銀河を3分した天下分け目の戦乱の時代。

 世は、まさに宇宙大戦時代であった。


 戦乱の世は、多くの英雄を排出し、彼らを戦地で散らせて行き、かつての英雄を踏み台として新たなる時代へ羽ばたく次の世代を紡いでいく。

 時は、歴史は、戦乱は、英雄の代替わりを常に要求していた。


 その中で有名をはせることとなる、とある英雄の物語。




 ≡≡≡≡≡


 白楊帝国には、貴族の子弟たちが将来の英雄を目指し、少年時代より次代の英雄となるべく軍務を学ぶ学び舎が存在する。

 それが帝国士官候補生養育学園である。

 中央から、辺境から、あらゆる貴族の子弟たちが艦隊指揮をはじめとする戦を学ぶために、この学園に集まってくる。

 そして、毎年の首席には通常少尉でスタートする卒業後の肩書きを、特別に中尉として始める特権があった。

 故に、首席争いは多くの生徒が血の滲むような思いで挑む椅子である。


 第106期生。

 新たに入学してきた貴族の子弟たちもまた、毎年と同じような心持ちで真剣に試験に取り組んだ……はずであった。

 白楊帝国の貴族制度は長い時を重ねて腐敗に満ち、学園ですら人の皮を被った魑魅魍魎に満ちる権謀の舞台となっていた。


 賄賂や裏口入学が横行し、排出されたボンクラ貴族が戦争を長引かせ、数多の将兵たちの命を無駄に散らにてゆく。

 白楊帝国の軍部の内情は、あまりにも杜撰なものとなっていた。


 その中で第106期生として入学を果たした彼らである。

 だが、入学首席の座を実力で射止めたのは、とある辺境子爵家の嫡子であった。

 今時の貴族の子弟としてはとても珍しい真っ直ぐな王者の瞳を宿すその人物は、のちに白楊帝国の腐敗した体制を改革し、絶対君主制への移行を成し遂げ、ついには銀河統一という偉業をなす英雄となる、誰1人想定していない未来を導くこととなる人物である。


 その名はマクミリシアン・アスカム。

 アスカム子爵家の嫡子であり、偉大な英雄となる男であった。





 第106期生 入学試験結果

 首席 マクミリシアン・アスカム

 次席 バルグェイド・ジャン・ロベスピエール

 参席 ルローム・テメア・オードワン

 ジャスティン・カーヴァード

 ……続く.


 上位10名の名前が載ることとなっている。

 その順位表を見上げ、首席の名に『アスカム』の家名を見て俺は若干驚いた。

 あの席には大抵、賄賂を送って入らせた裏口入学生の中で一番学園に対して強い圧力をかけられる立場の家の物の名が出るかと思っていたからだ。

 俺の見立てというか、のちの主人となるお家から聞いたところによると、今年の首席候補はホークランド伯爵家の次男坊になると聞いていたのだが、その名前があるのは6位である。

 少なくとも、首席に名を乗せている『アスカム子爵家』は辺境貴族だ。とてもこの学園に対して強い力をかけられる立場ではない。

 そういえば、と。仕えることになるお家の嫡子様がアスカム家のことについて教えてくれた。

 たしか……そうそう。現白楊帝国皇帝陛下であるヴィルヘルム9世の後宮に新しく入ったハーレム要員……じゃなかった。新しい妾がたしか、アスカム家の女性だった筈である。

 エロボケ爺さん、今年だけで何人目だよ……って、大公閣下が嘆いていたっけ。

 かなり皇帝陛下に気に入られている人だって聞いたけど、なるほど。その影響か?

 でも、それ以上に本人の実力が伴っているのだろう。4位にはアスカム家と親交の深いガーヴァード家の嫡子の名前もあるし。

 ……まあ、今の順位表なんでどうでもいいけどさ。

 問題は、この実力でつけられた順位にホークランド家の坊ちゃんがケチをつけるということだろう。

 俺は伯爵家の坊ちゃんが来てあれこれ言われる前に、自分の順位も確認したことだしとさっさとその場を去ろうとした。

 だが、振り向いたところでたまたま肩が当たり、同級生を倒してしまった。


「痛え!」


「おっと、すみません」


 見るからにアレな貴族である。

 ボンボンも良いところの、すごいデブ。

 そして、めちゃくちゃめんどくさい展開を起こしそうな人だった。


「おい、お前。この僕をラスペード男爵家の嫡子、ハミッシュ・ラスペードと知っての無礼か!」


 予想的中。

 ラスペード男爵家。大貴族ハグアニッツ辺境伯の分家の1つである。

 ……またメンドクセーのに絡まれたな。

 思わずため息がこぼれるぜ。


「おい、貴様!」


「あーはい、スンマセンした」


 面倒くさいんでスルーしようとする。

 だが、豚みたいな坊ちゃんがそれで納得する筈もなく、食ってかかってきました。


「この! どこの田舎から出てきたか知らんが、身の程もわきまえない羽虫が、僕ちゃんに逆らうだと!? そこに直れ!」


 僕ちゃんとか言ったよ、この人!?

 ギャラリーも集まってきて、騒ぎに発展し始めている。

 うわ〜、これ大公閣下の耳に入ったらえらいことになるぞ。

 つか、このままだとホークランド家の次男坊が来ちまうって!

 ……なんか、このめんどくさいけどめちゃくちゃ操りやすそうな坊ちゃんの機嫌取れるのないかな?

 なんてあたりを見渡してみる。

 だが、都合よくそんなものが見つかる筈もない。


 ……参ったな。困ったぞ。

 大公閣下の……ダメだ、まだ俺は正式にあのお家に仕えているわけじゃないから、ここで大公家の名を出すわけにはいかない。

 家名で威圧すれば坊ちゃんはすぐに黙るけど、残念ながら俺の家の名前では威圧できないだろうし、それ以前に使いたくない。


「大体、貴様は何やつだ! ここは僕ちゃんのような偉大なる貴族の子弟が通う学園であるぞ!」


「そーですなー。名門ハグアニッツ辺境伯に連なるラスペード男爵嫡子であられるハミッシュ様に合う、気品ある学園ですなー」


「そうだ! 故に、貴様のような平民臭いど田舎騎士の来る場ではないわ!」


 ……俺、いちおう貴族なんすけど。

 まあ、言っても仕方ないので名乗りません。

 ここは騎士身分の名も知らないど田舎出身ということにしましょう。メンドクセーから。


「貴様のおかげで僕ちゃんに擦り傷ができてしまったではないか! 貴様、決して許さぬぞ! そこに跪け!」


 ブヒブヒうるせ〜人だな。

 どうしようか? 俺、できればあんまり他人に膝を折りたくないんだよな…。


 そんな感じで困っていた時だった。

 ラスペード男爵嫡子の……は、は……ああ、ハミッシュ。ハミッシュの後ろから別の方がやってきた。

 ……やべ。あれは怒らせちゃあかん人だ。

 俺はさっさと道からそれてその人に向けて膝を折る。


「ふん! 最初からそうしておれば良いのだ! 手打ちにしてくれる、出合え!」


 しかし、ハミッシュと重なったことで、ハミッシュが自分に対して膝を折ったものと勘違いしてしまったようである。

 なんか物騒なこと言うけどさ……止めとけよ。

 ほら、後ろの人が頭に血管浮かべてるよ。


「ええい、僕ちゃんが命令しているのだぞ! 従わぬか!」


 ハミッシュさん、もうそれ以上は本当にやめとけよ。悪いこと言わないから、本気でやめとけって。

 案の定、道をふさいで喚く豚に容赦ない鉄拳が飛んだ。


「邪魔だ、豚野郎が!」


「ブヒ!?」


 ぶたくん、じゃねえやハミッシュくんな盛大に吹き飛ばされる。

 それで壁に激突して気絶。

 ハミッシュを一瞬にして黙らせたその人は、俺を完全に無視して成績表を見上げた。


「……チッ」


 制服を着崩し、貴族とは思えない雰囲気を纏っている。

 ただし、その家の遺伝たる瞳と制服の家紋が、彼の属する家を示していた。

 それは、この国においては上にも横にも家が存在しない、帝国人ならば誰もが知っている紛れもない名門である。

 赤い人魚と聖剣ガラティンの彫られた家紋。

 見間違えようもないそれは、白楊帝国の皇室家、つまり皇帝一族に連なるものが着用を許されるの紋章だった。


 白楊帝国第4皇子ジークリフリート11世。

 アウトローで奔放かつ乱暴者として知られる皇帝陛下の実子がそこには立っていた。

 供回の姿はない。

 この皇子は群れを嫌う習性があると聞いている。

 赤い瞳は白楊帝国の皇族に必ず現れる遺伝でもある。

 彼のその瞳は、おのれ以外のすべてを敵とみなす苛烈な色をしていた。

 その皇子だが、結果は5位である。

 それが不満なのだろうか。

 しかし、なるほど。わかった。

 皇子がいるのに、伯爵家の人間なんて主席に入れられないわ。

 実力あってこそということでこの順位となったのだろう。


 ……逃げるか。

 俺は皇子が気づかないうちにさっさと場所を変えた。



 自己紹介がまだだったな。

 俺の名前はさっきも見たかもしれないが、バルグェイド・ジャン・ロベスピエール。白楊帝国の軍事における影の最高権力者として存在しているロベスピエール侯爵家の三男で、白楊帝国宰相を代々務める貴族会の頂点にして皇帝以上の権力を持つと言われる名門ケーニヒデルグ大公家の寄子に位置する家の末っ子です。

 まあ、ロベスピエール家の名は貴族会の噂程度しかないという眉唾物扱いされている家なので。俺の家名に力なんて何1つない。

 だからあんまし名乗りたくない。

 皇子相手だと名告れと命じられれば名乗るしか無いから、あの皇子の近くには居たくなかったんだよな。

 軽い逃避をしながら、構内をしばらくうろつく。

 大体の連中はまだ成績一覧を見ているだろうし。あの集団に近寄らなければ変なボロも出ないだろ。

 しかし、ハミッシュのことが今更になって哀れになってきたぞ。

 生きてるか、あいつ?

 戦場以外で仲間が殺されたりしたら、結構くるものがある。

 ……気がする。

 そもそもあのぶたくん、俺の仲間でもなんでもねえな。


 しかし、手を抜いたつもりはなかったけど本気で俺の成績超えてくるやつがいたとは驚きだ。

 机上の論理ならそれなりの自信があったんだけど、アスカムの嫡子は逸材のようだ。

 そんなことを考えながら歩いていると、また誰かにぶつかった。


「痛っ!」


 わーお、デジャブだ。

 またメンドクセーのになりそうだ。

 とりあえず、謝るか。


「あーごめんごめん。俺の不注意だわ、悪かった。立てるか?」


 メンドクセーボンボンならここで噛み付いてくる。

 だが、意外なことにその人物は素直に俺の手を取った。


「いや、大した怪我じゃない。私の方こそすまなかったな、ぶつかってしまって」


 おや、随分とできる人のようだ。

 後ろを歩いていた少年もわざわざ俺なんかに頭を下げてくる。


「こちらこそ申し訳ありません。お怪我はありませんか?」


「いや、俺はヘーキだよ。悪かったな、ぶつかって」


 2人の少年はぶつかった俺に対して文句を言いつけてくるどころか、平然と許しておまけにこちらの心配までしてくれた。

 初めて見る顔だったが、人のできた貴族だなと俺は感心しながら、お互い怪我もなかったので別れることとなった。

 だが、その1人、ぶつかってしまった方の少年とはすぐに再会することとなる。


 入学式。

 新入生代表挨拶は、通例として主席が務めることとなっている。


「新入生代表、首席マクミリシアン・アスカム」


「はい!」


 壇上に目を向ける。

 天才、アスカム。

 さてさて、どんなやつか……。


「本日–––––」


 ……さっきのぶつかってしまった少年だった。

 アレが、アスカム家の嫡子!?

 ……いや、別に驚いているわけじゃない。

 なるほど、アレがアスカム家の次期当主……かどうかは知らんが、娘を皇帝に差し出したところ寵愛を多く受けている贔屓の家の嫡子というわけか。

 そのようなそぶりは見えず、堂々とした様は英雄の片鱗さえも見える。

 気質がそういうものなのかもしれない。あれは、無意識のうちに人を統率することを運命付けられたかのように飛躍するタイプの人間である。

 そして、総じて死に急ぎやすいタイプ。

 だが、彼と共にいたもう1人の少年はその諌め役を担っている雰囲気がある。

 英雄は1人でなるものではなく、己の力と共にめぐり合いと運がものをいう。

 少なくとも、アスカムの嫡子がその両方を兼ね備えていると俺には見えた。


 本人の能力が高いとなると、アスカム家はますますの飛躍を見せることになるだろう。

 それは帝国にとって僥倖ではあるが、実力ある貴族にとっては不快な要素が多い。

 何しろアスカム家は寄親を持たない辺境貴族である。

 つまり、皇室との関係から皇帝が後見に立つ可能性が非常に高いというわけだ。

 アスカムの娘が皇帝の子を身ごもることがあれば、その権力の拡大は一気に中央の貴族の中に踏み入れることになる。

 子が次期皇帝となれば皇太后の実家として、後宮の絶大な権力を手中に収められるだろう。

 それが帝国の飛躍剤となれば構わない。

 俺の寄親となる大公家は皇太后を輩出したことも、大公家から皇帝を輩出したこともある名門だ。今の皇帝以上の権力を持っているとも言われる家のため、新参者に跳ねられることもないだろう。

 だが、辺境から突如として中央に乗り出した貴族に国を傾けられた歴史は多い。

 それを考えると、マクミリシアンはともかくとしてアスカム家が信ずるに足りるか、それとも帝国の毒となるか、見極める必要がある。

 今の腐りきった中央貴族の膿取りに役立ってくれそうな躍進する貴族だが、それがより大きな癌細胞になられてはもとも子もない。

 おそらく、マクミリシアンは姉の力添えと共にこと帝国で大きく躍進していくことになるだろう。

 あの壇上に立つ英雄気質の男ならば、泥沼の銀河の内乱に大きな楔を打ち込み新たな時代の扉を開くこともあるかもしれない。

 だが、帝国か大公家に害なす存在というならば、ロベスピエールは全力でそれを切り取りにかかることになる。

 今はまだお互いに士官候補生の身だ。ここはひとまず静観を決め込んで彼の活躍を眺めるとしよう。


 やがて入学式は終わる。

 周囲の貴族の子弟たちは、そのほとんどがマクミリシアンを敵視している。

 ラスペード男爵の贅肉坊ちゃんは、入学式にはいなかった。

 ジークリフリート殿下に殴られた際に、皇族に対する不敬ということで退学処分となったらしい。

 これ見よがしにラスペード男爵家は集中攻撃を浴び、寄親であるハグアニッツ辺境伯の盾として矢面にさらされ、潰れるだろう。没落した貴族は帝国において平民にさえ劣る存在となる。あのぶたと会う機会は、おそらくもうない。


 タラタラと欠伸をこぼしながら歩き、教室にたどり着く。

 すると、何やら中から騒がしい声が聞こえてきた。


「き、貴様! 辺境の子爵の子供風情が、ホークランド家の次期当主たるこの私を、よくも殴ってくれたな!」


「貴様のようなゴミに鉄槌を下したまでだ! それよりも貴様が嘲笑った彼に謝罪をしろ!」


 ……どうやら、ホークランド家の次男坊と言い争いになっているらしい。

 それ以前に、ホークランド家の次男坊に訂正させたいことがある。

 伯爵家を継ぐのはお前じゃなくて、お前の兄貴だろ、と。

 まあ、頭の中にポップコーンが詰まった今時貴族のボンボンはどうでもいい。

 問題はアスカムだろう。

 多分あのブレーキ役と思うガーヴァード家のであろう少年は止めないのだろうか。

 そう思って覗くと、ガーヴァードの少年は居らず、アスカムは後ろに1人の少年を庇ってホークランド家の次男坊とにらみ合っていた。

 入学早々、暴力沙汰とはどこかの第4皇子のようだな……。

 まあ、それだけ血の気が多いということなのだろう。多分、かなりキレやすいタイプだと思う。

 ブレーキ役がお互いにいないのが気がかりだが、経緯はなんだろうか。

 マクミリシアンの庇っている少年はよく見えない。

 だが、ホークランド家の次男坊とその取り巻きに何かをされたのだろう。


「お前ら、やっちまえ!」


 ホークランド家の次男坊はフラグを立てている。

 手下の取り巻きたちが襲いかかるが、平然とマクミリシアンは片付けていく。

 殴って、蹴って、投げ飛ばして、殴られてもすぐに立て直して殴り返して…泥くさいな。

 まあ、4対1なら仕方のないことかも知れないだろう。

 フラグを立てた張本人は、手下が片付けられるのを見ているだけ。

 手を出しておけよ……。ここでやらなきゃ、一対一になるというのに。

 ホークランド家の次男坊は馬鹿だな。そう確信した。

 そして、きっちり立てたフラグを回収して見せたホークランド家の次男坊の前に、マクミリシアンが片付けた手下たちが並ぶ。


「貴様で最後だ」


「ふん。いい気になるなよ、辺境の田舎貴族が!」


 しかし、意外にもホークランド家の次男坊はマクミリシアンに立ち向かった。

 そして、簡単に殴られた。


「ッ! へっ、きくかよ!」


「ゴハッ!?」


 だが、ホークランド家の次男坊はそんなこと気にせず、殴り返した。

 予想外だったことで、マクミリシアンがまともに受けてしまう。

 ……そういえば、ホークランド家の次男坊はかなり腕っ節は立つことで有名だったか。要するに脳筋だな。手下が全滅しても自信あったということだろ。


「やってくれる!」


「グッ!?」


 それに対して闘志を燃え上がらせて殴りかかるマクミリシアンも大概だな。

 なんだよこの泥臭い、貴族が大っ嫌いというだろう喧嘩は。


「オラッ!」


「このっ!」


 ボカボカと殴り合う2人の貴族。

 貴族の子弟というより、生粋の軍人に見えるのは俺の錯覚かもしれない。

 すると、ガーヴァード家の少年が担任を連れてきた。


「先生、こっちです!」


「……これはまた、珍しい」


 連れてこられた先生は、禿げ上がった頭と顔に無数の古傷を走らせる50代前半の厳つい大男であった。

 2人の喧嘩を懐かしむように見ていたが、すぐに止めに入る。


「はいはい、そこまで!」


 ゴン!ゴン!

 2人の少年の拳をはるかに超える強烈なげんこつが入る。


「「〜〜〜〜〜ッ!?」」


 2人はたちまち頭を押さえた。

 さすが教師、1発で収めてしまったようである。



「私が君たちの担任を務めることになったブライスレール・スアレスだ。わからないことがあれば遠慮なく質問すること、戦場で悠長にしている暇はないからな!」


 2人を遠慮もなく廊下に立たせた教官は、そう挨拶をしてから自己紹介をするように指示を出す。

 1人ずつ名前と家名を言っていき、最後に俺の番になる。


「えーと、自分、バルグェイドっていいまス。記憶にすらないと思うっスけど、一応あの成績表の次席んとこに名前あったの、あれが俺っス。よろしくっス」


 さらさら〜と適当に自己紹介をすませる。

 適当すぎて逆に目立ったけど。まあ、別にいいか。


「お前が? ん? ロベスピエールだと?」


 なんか教官がめっちゃ奇異な目を向けている。

 まあ、大体わかる。噂としてしか存在しないロベスピエール侯爵家。そのことを思ったのだろう。

 まあ、あってはいるけど気づかれたくはない。

 だから、適当にやって同姓のやつと認識させた。


「ま、まあいいだろう。では早速、講義を始める」



 午後。

 模擬シミレーターを用いた艦隊戦の実技を行うこととなった。

 対戦表が組まれ、俺は主席対次席ということで最終決戦でマクミリシアンと激突することとなった。

 うわー、メンドクセ。


 シミレーターのマップを挟んで、マクミリシアンと対峙する。

 手持ちの艦数はお互い同数。

 戦艦600、空母200、巡洋艦1000、駆逐艦1600、補給艦300。

 将来には、将校まで出世するであろうこの学園の者にしてみれば、この数はいささか少ない。

 大体は小規模なのでも数万隻同士、数年に一度の大規模なものとなれば300万から400万隻もの艦隊同士で激突する。


 どちらにしろ模擬シミレーターだし、どうでもいいけど。

 現実の戦場がこんなんでわかったら苦労しねえって。

 とりあえず適度に頑張るか程度の心持ちで司令塔の立つ位置につく。

 向かい側では、マクミリシアンが嬉々とした表情で立っていた。


「よもや貴様が次席とは…だが、俺も負けるつもりは微塵もないからな!」


「そーっスか。ま、適度にやらせてもらうとするかー」


「始め!」


 教官の怒号で、お互いに操作を開始する。

 とりあえずこの手の常套は、兵站を確保しつつ空母の守りを固め、前衛に戦艦群を配して盾とし、機動力に優れる駆逐艦を遊撃に、巡洋艦を鉾に扱うって感じにするかー。

 旗艦を撃破されればそれで終了。

 手早く兵站と空母を配して、戦艦を大きく前に出しますか。


「戦艦を盾として空母からの攻撃か。駆逐艦は遊撃に、巡洋艦を鉾に据えるのだな。基礎に則った堅実な手だ」


 ふつーにマクミリシアンはこっちの配置を分析しています。

 その上で、翼を広げる鳥のように左右に大きく展開する陣形を立ててきました。

 なるほど。鶴翼陣形とは味なマネですな。

 攻撃陣で突っ込めば翼の包囲を受け、防御陣で構えれば翼に戦力を割かれた隙に嘴が突撃してくる相手の動きに合わせて動ける陣形。

 先人の知恵というのはおそろしく、太古の歴史に生み出されたこの陣形は宇宙を戦場とした今でも使える。

 艦種の特性を生かしたのが俺の陣形、陣形としての機能を強くしたのがマクミリシアンの陣形である。

 勝利条件は旗艦の撃破だし、馬鹿の一つ覚えであの薄い中央に突っ込むのもあるが、そんなことをしても潰されるか。

 ならばと、戦艦群の一部と巡洋艦からなる300ほどの艦隊を鶴翼の中央に進行、機動性に優れた駆逐艦隊を右翼の敵に進ませつつ、空母からの艦載機でそのさらに右側を突きにかかる。

 囮は中央、機動性に飛んでいる本命の右翼の翼をへし折る艦隊は囮とほぼ同じ頃に接敵する。

 ついでに補給艦隊を戦艦群後方に配して、旗艦は補給艦とともに人の中央後方に進ませる。

 で、後輩に一部の護衛隊を残した空母を配したまま、空母の艦隊と巡洋艦を幾つか絞り出し敵のやや左翼寄りに進行させる。

 これで囮の艦隊の横腹を左の翼に食われる時間を稼ぐ。

 あとはチャチャっと遊撃艦隊を残った散らして、それを上下に散会させて進軍とな。

 ま、これでなんとかなるかもしれない。


 だが、マクミリシアンはさすが首席。

 俺の戦術を早速見抜いて対応を始めた。


「中央突破は囮、本命は右の翼から食い散らし数で押して各個撃破といったところか」


 マクミリシアンが艦隊を動かす。


「だが、それを逆手にとってやろう!」


 右の翼を交代させて、鶴翼から雁行に陣形を変更した。

 偏った陣形の後方より、上下に迂回した艦隊が迫る。

 綺麗に斜めに並んだ敵艦隊の砲火が、右翼を攻めようとした艦隊に突き刺さる。

 逆にやられたということか。

 右翼の艦隊に全力の反撃をさせたいけど、中央の味方が射線上となりそれができない。

 その隙に上下に分かれた艦隊が食いつこうとするが、それを散会させていた遊撃隊が接敵して足を鈍らせる。


「ほう、このための布石か」


 本来の目的は別だけど、ま、結果オーライだな。

 中央艦隊を上下に広げて、右翼の艦隊に反撃させる。

 それも多勢に無勢、焼け石に水だけどね。

 だが、ここで左翼の敵に艦載機の攻撃隊が食らいついた。


「なっ!? 右翼に敵襲だと!?」


 左の翼が機能不全を起こして、胴体、つまり旗艦の中央が大きく前に出てきた。

 その見据える先にあるのは戦艦群の盾。

 そしてその奥にこちらの旗艦が補給艦隊とともにある。


「なめるなよ!」


 マクミリシアンが動いた。

 艦隊を円錐状、さらに水滴状と攻撃的な強行突破を主体とする陣形に変更してくる。

 それで全艦隊を持って盾を食い破りにかかった。


 まあ、無理に付き合う義理もない。

 後退する艦隊よ士気は低くなるようにプログラムされたシミュレータだが、右翼の艦隊からの攻撃とで半包囲が成立しているからなんとかなるだろ。

 そう考えて、中央の旗艦隊と戦艦群を空母のところまで後退させにかかる。

 なおかつ、右の艦隊は進撃して分断にかからせる。


 だが、横腹を食い破らせようとした艦隊に、マクミリシアンの空母と駆逐艦を中心とした後衛艦隊が上からかぶりついて逆にこちらの艦隊を分断しにかかった。

 右の艦隊が恐慌状態になるモーションが発動する。


「これで半包囲は崩れた! 止めだ、バルグェイド!」


 最後の突撃と言わんばかりに、主力艦隊が進撃する。

 戦艦群の盾がこじ開けられ、交代する空母や補給艦を中心としたかなり殴り合いに弱い旗艦艦隊が敵の射程に入りそうになる。

 入れば確実にアウト。

 速度は前走命令を受ける敵の主力艦隊の方が早い。


「決まりだ!」


 射程に味方の期間艦隊が入る。

 それに一斉攻撃をマクミリシアンが仕掛けようとした。


 –––––その時だった。


「兵站、無視すんなよ」


 俺がそう呟いた時、マクミリシアンの主力艦隊が行動不能モーションを起こした。


「な、何事だ!?」


 混乱するマクミリシアンに、物資不足により航行不能の文字が大量に発生する。


 俺が本来散会させた駆逐艦隊に与えた役目。

 それは、右の艦隊を分断するためにマクミリシアンが後衛艦隊を出した隙をついて、戦闘能力のない補給艦隊を根こそぎ破壊させるというものであった。

 どれだけ時代がうつろうとも、兵站なくして軍は戦えない。

 ましてやこちらを追撃戦と全力で進んでくる敵の艦隊は、その消耗が極端に大きくなっていた。


「ほ、補給艦隊が!? さ、最初からこれが狙いで」


「ほい、反撃」


 空母とその護衛をする後衛艦隊を前に出す。

 艦載機もありったけ投入して、物資切れで動けなくなったマクミリシアンの主力艦隊に容赦ない攻撃を食らわせる。

 エネルギー切れで何もできないマクミリシアンの主力艦隊では、これでも十分な戦力だろう。

 動けない、砲も撃てない艦隊など、何もできない補給艦と変わらない。

 というより、それ以下だろう。


 後方からの駆逐艦の集結した艦隊の攻撃も受け、これでもかというほどにマクミリシアンの艦隊は完膚なきまでに蹂躙されて、画面上からその存在を消してしまった。


「ま、まさか……俺が、負けただと……?」


 愕然とするマクミリシアン。

 艦隊の被害も、マクミリシアンの方が圧倒的に上、というかほぼ全滅状態である。

 判定は、俺の勝ちだった。

 それまでのクラスメイトたちのシミュレータの戦闘の数々の中でも、圧倒的な大勝である。


「文句無しに、ロベスピエールの勝ちだな」


「そっスか」


 教官からも言われて、俺はポツンと答えた。

 シミュレータでも、さすがに戦況があのように動けばマクミリシアンの艦隊は全滅、現実の戦争だったならばマクミリシアンは生きていないだろう。


「ハハ……そうか、俺はまだ、上に登れる余地があるらしい」


 マクミリシアンはといえば、負けず嫌いな性格なので捨て台詞くらい吐くと思ったが、すっごいポジティブに変換している。

 切り替え早っ。俺にはマネできないね、あれ。


「俺の完敗だ。貴様の方が主席に相応しいと思えたぞ、バルグェイド」


 そして、しっかりと潔く負けを認めて勝者を讃える礼儀を欠かさず、マクミリシアンは爽やかな笑顔で言った。

 悔しくはあるようだが、それを全て自分の未熟に向けることができている。人間的にも、マクミリシアンはとても出来た奴だった。


 ま、兵士を1人でも多く生き残らせる戦いのコツは、旗艦が潰されてもいいから兵站と退却路は守れということだな。

 それだけあれば、誰でも逃げられる……はずだから。






 銀河統一の英雄マクミリシアン・アスカム。

 後の彼の両腕として活躍することとなるジャスティン・ガーヴァード、ダグラス・ホークランド両上級大将。そして彼がのちに仕えることとなる腐敗に傾いた白楊帝国の膿たる中央貴族体制を破壊し絶対君主制度への移行により帝国を立て直した中興の祖といわれた皇帝ジークフリート11世。血の気の多いマクミリシアンを導き多彩な戦術を叩き込んでくれた戦の師であるブライスレール・スアレス中将。彼の生涯のライバルであり好敵手であり、何より最も頼りになる相棒ともいえる存在となるルローム・テメア・オードワン元帥。

 学園で出会うこととなるかけがえのない戦友たちとの始まりの歴史の物語。

 そして、彼が初めて味わった敗北の思い出の一ページ。

 稀代の英雄マクシミリアン・アスカム。彼がその生涯を通し一度として勝てなかった相手を挙げるとすれば、この二人の名を挙げる事になるだろう。

 1人は鉄血機構大艦隊総司令、生涯無敗を貫いた『武勲王』の名で知られる彼の最大の強敵であるウラジミール・サガブナック。

 そして、歴史の表舞台に姿をほとんど見せることのなかった白楊帝国の影の守護者たるロベスピエール侯爵家の三男バルグェイド・ジャン・ロベスピエールだと。


 これは、後の銀河統一を成し遂げた英雄が味わった、記録にさえ残らない最初の敗北と再出発の物語である。




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