1-3 謁見
恥ずかしいやら困惑やらで頭を整理し、ユイは彼女に身を預ける。幸い誰もいなかったのが様々な意味で救いでもあった。
遠くには陽光の射す通りも見える。住んでいるドールなのだろうと思った。
「あの…スカーレット? それともローズ?」
『姓はローズです』
「じゃあスカーレット、ここはどこ?さっきの人形みたいなのは?」
小難しい顔をして、スカーレットは口を開く。
『…まずここはドール界、人形の魂が過ごす世界です。
ですが襲った人形は解りません。私は力を与えられ、』
そこで言葉が切れ、ユイを運ぶ揺れが止まる。
ユイはスカーレットの視線の先に、そびえ立つものに目を移した。
『ここに来るよう呼ばれたのみです』
眼前には、宮殿のような城が広がっていた。
城といっても和風やメルヘンチックではなく、鉄の門に白の直線的な城、とファンタジーながらも鋭角的な要素があった。
ようやっとユイは下ろされ地面の感触を踏み締める。
『今日着いた戦士か?』
『ええ。スカーレット・ローズ、こちら戦士としてのコアです』
門番と思しき男の一人に、スカーレットは自身の下げている首飾りを相手に見せた。鮮やかな赤い石が見える。
『そちらの者は?』
「…赤音結衣です」
ユイがおずおずと告げると門番は探るように見つめ、それから頷きずっしりとした鍵束を出した。
重厚な音をたてて王宮の堅い門が開き、二人は足を踏み入れる。
一度目を合わせ、伸びる道を辿り城の領地へ踏み出した。
________
城の中は外装と同じように白く、絵画や不透明な鏡が置かれる。
ユイとスカーレットは従者と思しき男の案内で、謁見の間へと通された。
何もかもが知らぬ物ばかりだったが、夢ではないとユイはどこかに確信があった。
スカーレットは終始無言で、落ち着こうとしている色さえ見える。
門番も従者も首飾りは見当たらず、付けているのは彼女だけだった。ドール戦士なるものの特徴だろうか、とユイは思った。
跪き待っていると二人の前方で扉が開き、静かな足音が響き出す。
『ようこそ、おいでになりました』
神々しい声に顔を上げると、女性の姿がそこにあった。
茶色の長いウェーブヘア、優しげかつ確固たる意志を覗かせるグレーの瞳。水色主体のロングドレスには赤、紫、橙と数々の布が透けて見える。
『私はフォンターナ・エーテル。女王としてドール界を統べる者です。ようこそ、ドール界へ』
呑まれかけそうな雰囲気に二人はそれぞれ礼をして、女王の姿を注視した。
『ドール戦士、ならびにその持ち主、つまりドールパートナーですね?』
『ええ』
「…はい」
音のない荘厳な、自分達以外何もない空間で女王は言い出した。
『結論から言うと、貴方がたには世界を救って頂きます』
スカーレットの眉が動き、突拍子ない言葉にユイは驚く。
「世界を…救う?」
ええ、と返して女王フォンターナは口を開く。
『今ドール界は、勢力〈アンフール〉の侵攻を受けています。
向こうはまだ不完全ではありますが、こちらの滅亡は時間の問題』
「それとその、人間とどういう関係が?」
『理由は二つあります。
まず一つ、こちらが滅べば貴方がたの世界、人間界も滅ぶからです』
またもやユイは驚く。常識はここに通用するのか、そもそも人間の尺度で常識を測ってもいけないのだろうか。
『ドール界はドールが育ち、ある程度の年齢になると人間界で人形となります。
過ごした後は舞い戻り、人間同様数十年の時を経て次の世代に命を繋ぐ。
二つの世界は共存共栄でもあります』
昔聞いた物語のように、ユイは自ずと聞き入った。
女王の口調から嘘ではないことは明白だった。
『そしてドール界が危機に瀕した時、最大にして確実の武力がドール戦士。
一人の少年や少女に十年以上愛されたドールが、人間と共にパートナーとして戦います』
『二つ目は、人間でなら攻撃の際都合がいいこと。
相手のダメージを受けにくく、受けたとしても軽傷で済みます。武装類は必要ですが』
そこまで言い終え一息ついて、女王はユイの瞳を捉える。
『戦いに加わって頂けますか。
本来の生活、ならびに武器による戦闘能力も保証しますが…』
最後は躊躇するように、女王はゆっくり言葉を終えた。
加わってほしいが無理強いはしない、とでも言いたげな口調だった。
「……」
だけどもユイはこの状況、素直に了承できなかった。
体育の成績。戦闘と無縁な自分の半生。
自分を見たスカーレットが、ほんの僅かに目を伏せた。無責任な決断はできそうにない。
『決断は急がなくても構いません』
逡巡するユイの表情に、女王は声をかけた。
『配属のギルドに行って、実戦を踏んでから決めて下さい』
──────
説明を受けた後じきに迎えが来ると言われ、門近くでユイとスカーレットは、春先の風に吹かれていた。
ドール界も風は少し同じ。だが悩みの答えは晴れそうにない。
ユイはアンティークドールである、スカーレットの姿を見つめた。吸い込まれそうな深緑の瞳、イヤリングの映える赤い長髪。
変に綺麗な制服としまりない自分の顔がユイは頼りなく思えた。
『ユイ様』
「は、はい」
『あの方達でしょうか』
指し示された先を見ると、二つの人影が遠くに見えた。
共に女性。黒がかった青い長髪の少女と、水色のウェーブヘアの少女。長髪の彼女が肘先から手を緩やかに振って、ユイ達はそれぞれ会釈をする。
距離が近づいた頃、黒髪の少女が凛と笑った。
「あなた達が?」
『ええ。赤音結衣様とスカーレット・ローズ』
「よかった。私が
『リリー・アクアマリン、です』
蒼の名を持つリリーはユイに、揺蕩う水のように笑い視線を返した。
高めの背が共によく映える。
沙織と名乗った少女はハーフアップに髪を纏め、整った目鼻立ちにそこはかとなく知的な雰囲気がある。ユイより同い年か年上だろう。
着ているブレザーは彼女の学校の制服のように見えた。
片やリリーは、和風な上下服の上にレインコートらしき物を羽織っている。
スカーレットと同じようなコアを下げていたがこちらはコアの色が青で、チェーンは革らしき紐だった。
ブーツは紐と揃いの茶色で、向かって左側の腰にはバトンのような物がある。
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