希望の党・衆院選完全勝利への道【架空戦記】

慕居修人

第1話 陰腹

 小池百合子はひとり、ほくそ笑んでいた。2017年9月某日、都内の料亭でのことである。

 メディアは若狭勝らによる「新党立ち上げ」の動きに完全に気を取られていたが、彼女にとってそれは「煙幕」に過ぎない。

 温めてきた「希望の党」構想、その本命は民進党の取り込みだ。すでに水面下の協議で、ほぼ話は出来上がった。あとは代表、前原誠司との合意さえできれば、事はなる。


(なに、あの「言うだけ番長」相手なら、たやすいこと――)


 25年前、日本新党に飛び込んだとき以来、あの男の嫁より長い付き合いだ。その性格は熟知している。

 問題となるのは、ただ一つだけ――。


「……遅くなりました」


 現れた前原の顔は、普段以上に引きつり、蒼白だった。


「いえいえ。私もちょうど今来たところですから。まずはビールでもいかがですか?」

「小池さん」


 この男には似合わず、荒々しく対面の席に腰を下ろす。


「合流、大いに結構です。ですが一つ――わが党の『リベラル』の扱いは、どうなりますか」


 化粧の下の表情が、かすかに歪んだ。


「……まあ、その話は後回しにしませんか」


 実のところ、小池には「リベラル」を受け入れるつもりなどさらさらなかった。むしろ、この機に彼らを「排除」することこそが、彼女にとって、もっともプライオリティーの高い問題だった。

 だが、そんなことを言っては、まとまるものもまとまらない。できるだけ直前まで、その辺りはあいまいにして引っ張り、そして選挙のタイミングで、鬱陶しい「サヨク」どもにはご退場いただく――それが、彼女の肚だった。


「そういうわけにはいきません」


 前原の額からは、とめどなく汗が流れていた。


「小池さん、私が世間でなんと呼ばれているか、ご存じでしょう」

「……さあ、何かございましたっけ?」

「言うだけ番長。いや、うまく言ったものだと思いますよ。私の足りない部分を、的確に表現している」


 だから――と言って、前原はしばし沈黙する。

 その時初めて、小池は室内に異様な臭気が漂っていることに気が付いた。


「あなた、いったい何を……!?」

「……だからこそ! これが私の出した答えだ!」


 スーツを脱ぎ捨てた前原の腹部は、真っ赤に血で濡れていた。


「……陰腹!!」

「小池さん、ここであなたの政治信念を優先し、彼らを切り捨てることは簡単だ! だが、『政策ごとき』のために仲間を排除していては、我々が細川政権の退陣以来繰り返してきた離合集散を、またも再現するに過ぎない!」


 どうっ、と前原は机に突っ伏す。


「……この前原誠司、最後のお願いです。どうか、私の仲間たちと、ともに選挙を――」


 小池は混乱していた。だが、同時に、胸にこみあげる熱いものを感じてもいた。

 そうだ、25年前のあの日。政治を変える、と、理想に燃えて細川護熙のもと、ここにいる前原らと、私は立ち上がったのだ。

 その理想は踏みにじられた。「理想を実現するには力が必要だ」と私は学んだ。だが、いつの間にかその「力」に、私は支配されてはいなかったか。


「……前原くん」


 血に染まった前原の手を取った。


「約束しましょう。信念の違いを乗り越えて、私は、私たちはともに、政権交代を実現してみせると」


 前原は微笑み、そのまま意識を失った。

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