ホンモノコロシアム

腹筋崩壊参謀

【短編】ホンモノコロシアム

 とある未来、とある場所にあるハイテク都市。

 その中心にある繁華街の夜は、人々の快楽に満ち溢れていた。


 二次元から飛び出した格好の女性が道行く男性を誘い、スーツで着飾った男性が女子の心を魅了し、それらの光景をバーの店主がにこやかに、しかしどこか冷めた目つきで見守る。そしてこの街の中で一番大きな建物であるカジノバーでは、人々の悲喜こもごもの中で大量の『金』が行き来を続ける――町の全ての機能を司れるほど優秀な人工知能を備えたハイパーコンピュータによって見守られている最先端の場所でも、人々は昔から全く変わる事無く自らの中の欲望を存分に曝け出し続けていた。

 そして、抑えきれなくなった欲望が暴走し、コンピュータによる治安維持のための監視の目を掻い潜りながら、倫理を超越した方向に行きついてしまうのも、昔と全く同じだった。


 ただ1つだけ、このハイテク都市が出来る以前と大きく異なる所は――。



「私が本物に決まってるでしょ!」

「何を言ってるの!?本物は私よ!」



 ――全く同じ姿形、同じ声、そして同じ名前を有する、少しだけ大人びた女性が同時に2人以上存在することが出来ると言う点かもしれない。


 合法的に様々な賭け事や風俗が行われている地上から遠く離れた、地下数百メートルにある薄暗い空間で、彼女たちは相手をじっと睨みつけ、罵倒のような言葉を吐き続けていた。鋭い目つきも長く伸ばした髪も、そして双方が興奮する度に揺れる柔らかく大きな胸も、まるで鏡合わせのように瓜二つだった。だが、彼女たちは決して双子でもそっくりさんでもなかった。全く同じ遺伝子、同じ思考判断を持つコピーなのである。

 しかし、どちらが自分自身に秘められたデータを基に生み出された偽者なのか、双方共一切明かされていなかった。当然だろう――。



「腹が立つ……なんでそんなに私そっくりなんだか……」

「それはこっちの台詞よ……何から何まで全く同じなんて……っ!」



 ――どちらがコピーなのかばらしてしまうと、これから起きるであろう出来事に支障をきたしてしまうのだから。


 人に言えない様々な事情や問題でこの異様な空間に収容され、目の前にもう1人の自分を見せつけられた彼女たちには、ある条件が課せられていた。目の前にいる『偽者』の命を奪う事なく屈服させ、自分こそが本物であると証明することが出来れば、この『コロシアム』から脱出させてあげるのと同時にやましい情報をすべて抹消させてあげる、と。だが『偽者』であると認定されれば、一生この地下空間の中で暮らさなければならず、街の機能を司るコンピュータにも大犯罪者として記録されてしまう――彼女たちの真剣な罵声には、自分自身の未来がかかっていたのである。



「ぐっ……どこまでも強情なんだから……このブス!!」

「そっちこそ……不細工女……!!」

「言ったわね、偽者のくせに!!」

「模造品が何よ!!」



 当然、そのような状態でいくら罵っても相手が引くはずもなく、本物を決めるための戦いはあっという間に膠着状態に陥ってしまった。言えるだけの言葉をほとんど使ってしまった彼女たちは、しばし無言で相手を睨みつけた。そして、意を決した彼女たちは長い髪をたなびかせながら相手に駆け寄り――。



「ぐっ……!!」

「ぐぬぬぬ……っ!!!!」



 ――目の前にいる偽者をその場に押し倒そうと、肉弾戦を申し込んだのである。

 しかしながら、罵倒の言葉を思い浮かべるポテンシャル同様、体に秘めた力もまた自分自身と全く同じ相手を前にしては、単なる押し合いだけで勝負が決まる訳もなく、しばらくの間彼女たちは必死の形相で相手の手を握り合いながら力を込め続けていた。だが、それを続ける体力が限界に達しかけた時、2人の彼女の動きに初めて差が生じた。一方の彼女が一瞬力を緩め、それに気を取られたもう一方の彼女がよろめいた瞬間――。



「それええええっ!!!」

「えっ……ひゃあんっ!?!?」



 ――体に迫ってきた大きくたわわな胸、すなわち自分自身の弱点を、彼女は思いっきり服や下着越しに揉み始めたのである。突然の荒業を受けてしまったもう一方の彼女は、そのようなことは卑怯だ、今すぐやめろ、と懸命に訴えるも、その顔は自分の体に走る感触があまりにも気持ち良いことを示すかのように赤く変わり始めていた。



「どうよ偽者、私と同じならこうやって揉まれると感じちゃうでしょ!?」

「あ、あぁぁ……ぐっ……やるわね偽者……!!」



 この場に及んでまだ私を『偽者』だと言い張るのか、と告げながら胸を揉みしだき続ける一方の彼女の表情は、既に勝利の心地に満ち始めていた。このままたっぷり相手を心地よくさせた上で陥落させ、地上に戻って悠々自適な生活を送ってやる――そう言いたげな、相手を見下すような笑顔まで見せ始めた、その時だった。

 あまりにも相手の悔しげな表情ばかり見続けていた彼女は、自分自身の体を守る事をすっかり忘れていたのだ――。



「さあ言いなさい、あなたが偽も……ふえっ、な、なに、いやああん!!」

「あ、あなただって……感じるでしょ、こうやって揉まれると……っ!!」



 ――相手の腕もまた、自分自身の柔らかく大きな胸を狙っていた、と言う事にも。

 

 自分と全く同じ姿形を持つ『偽者』に弱点を握られ弄ばれる――全身に屈辱を感じた彼女は懸命に相手の手から脱しようと体を捻じり続けたが、幾つもの布を超えてもなお感じる心地良さを追い払うことは出来なかった。自分の胸だけではない、相手の柔らかい胸を懸命に揉み続ける自分自身の手にもまた、彼女たちは途轍もない気持ち良さを感じ始めていたのである。離しなさい、嫌よ、この偽者め、この偽者め――柔らかい塊を刺激する指の動きのみならず、口から発せられた罵倒もまた、次第に彼女たちはユニゾンし始めていた。そして、2人の表情は次第に相手に対する憎しみから、自分自身の中で湧き上がる気持ちを抑えられない悔しさへと変わっていった。



「「どうして……どうしてあんたは……!!」」

「「私の心を……知ってるのよ……!!!」」



 命を奪うという手段以外で目の前の相手をどうにかして屈服させないといけないと言う状況で出来る事は、相手の急所、それも快楽という面での急所を突くしかない。しかし精密に出来た偽者であろう相手もまた同じ事を考え、全く同一の箇所を突いてくる。その事に対しての屈辱からか、『気持ち良さ』を感じる自分への憤りからか、懸命に相手を罵倒し続ける彼女たちの目から少しづつ涙が零れ始めた。



「「あんたさえ……」」

「「あんたさえいなければああああ!!」」


 

 そして、彼女たちは大声と共に体を思いっきり捻じり、とうとう胸に襲い掛かり続けていた快楽を払いのけたのである。だが、それは同時に自分のほうも相手を屈服させる最も簡単な手段を失うと言う事でもあった。再び距離を開け、互いの攻め方を見極めるようなそぶりを見せ始めた彼女たちは、揃って全身汗まみれの状態になっていた。双方が着用していたブラウスもまったく同じように中身が透け、スカートから覗く太腿からも自らの興奮が湯気となって溢れ出す、まさに精魂極まるといった状況が繰り広げられていたのである。



「くうっっ……どうして……どうして!!」

「どうしてあんたは……『私』なのよ……!!」


「そっちこそ……っ!!!」

「あんただって……!」



 最早、彼女たちの精神や肉体は限界に達していた。自分の中に生まれた憎しみと、なぜか一緒に湧き始めた真逆の感情が同時に処理できず、頭の中が今にも破裂しそうな、そんな苦悶の表情を浮かべ続けていた。

 歯を食いしばりながら唸り声を上げ始めた彼女たちは、同じタイミングでついに決心を固めた。ここまで追い詰め、そして追い詰められた以上、手加減は無用。命を奪う事が御法度なら、それと同じだけの屈辱や後悔を相手に味あわせてやる、と。そして――。



「……んんわああああああ!!!」

「ああああああああ!!!」



 ――彼女たちは、目の前にいる『偽者』の服を剥ぎ取り始めた。


 

~~~~~~~~~~~


『ああああああああああん!!!』

『あぁっっああああああああああん!!!』


 

 地下数百メートルに広がるコロシアムで、喉が張り裂けそうなほどの声をあげながら、ひたすら相手を屈服させるべく闘いながらも同時に途轍もない快楽に襲われ続ける彼女たちは、周りの様子に気を配るという余裕は一切存在しなかった。当然、この全く同じ姿形をした女性同士の戦いが、他の誰かによってずっと見つめられている事にも気づく事はなかった。



「おぉ、あっちの女が勝ちおるわ!あっちに3000ゴールド追加!」

「いいえ、あちらのほうが勝ってますわ!!5000ゴールド!!」



 彼女たちの存在そのものが、地下に集まった富豪たちの道楽に利用されている、と言う事実にも。


 赤いカーペットや金色の装飾品など、如何にも豪華そうな内装に覆われた地下の一室で、豪華なドレスやスーツに着飾った男女が見つめていたのは、灰色の地下コロシアムの内部を映し続ける有機ELタイプのモニターであった。それも1個や2個ではなく、何十個も。その全てに、あの女性――長い髪にたわわな胸、健康的な肉体を有し、目の前にいる『偽者』に敵意を剥き出しにしながらも自らもまた快楽に溺れ続ける美女と全く同じ姿形をした存在が2人1組になって映し出されていたのである。


 そして、大量のモニターの上部には彼女の個体を識別するために振られた番号と共に、彼女たちに賭けられた金額が表示されていた。普通の賭け事では満足できなくなった世界各地の富豪たちは、この背徳的、冒涜的な場所に集まっては溜まりに溜まったお金をこの道楽に使いまくっていたのだ。



「それにしても、随分どちらも必至ですなぁ」

「当然だろ、双方とも自分がだと思い込んでるんだからな♪」



 本当はどちらも『偽者』、ここで戦うためだけに生み出されたコピーである事など知らないまま――醜い笑いを浮かべながら、太った男性は自分が応援する側へと更に大金を賭けた。外の世界では間違いなく犯罪だし、そもそも人間の倫理を冒涜するような悪事である。だからこそこうやって盛り上がる、校則をこっそり破って楽しむのと同じ理屈だ――彼の言葉に、初めて参加した中年の男性も大いに納得した。

 更に、この背徳感を思いっきり味わっているのは男性だけではなかった。ドレスを着た女性たちもまた、外の世界では絶対に見せる事がない嘲りの笑顔を見せ、コンピュータの管理が及ばない秘密の場所で思いっきり『悪事』を楽しんでいたのだ。


「ふふ……この感触……あ、10000ゴールド追加でお願いしますわ」


 そして、その場にいた面々の興奮が頂点に達したとき、モニターの1つの様子が変わった。互いの精神が限界に達した女性たちが倒れこむ映像が流れた直後、画面に『引き分け』を意味する表示が現れたのである。勝ちはしなかったが負けはしない――掛け金によっては損にも得にもなると言う結果に、参加者は様々な思いを述べ合った。誰一人、立ち上がることすらできない様相の女性たちに気を向ける者はいなかった。



「あーあ、他の奴にも賭けておくべきだったか……」

「勿体無い事しましたなぁ、参加料の分だけ赤字ですなあんた」

「次は気を付けますよー」



 とは言え他のもなかなか見応えがある、と判断したこの男性は、もう少しここに居座る事を示すかの如く近くにあった煌びやかな椅子に腰を下ろし、上質のウイスキーを持ってくるよう命令した。その直後、その言葉に従うかのように――。


『お持ちいたしました』

「おう、ご苦労だったな」



 ――この地下の施設であらゆる業務をこなすバニーガールの1人が、昔から変わらぬ金持ちの道楽品を用意しながら彼の元に現れた。モニターの中で戦い続けるコピー人間たちに負けずとも劣らない、胸の大きさや太腿を含めた美貌を持つバニーガールにも鼻の下を伸ばした彼は、チップの代わりと言わんばかりにその柔らかい胸を揉んだ。コピーたちとは違い、彼女は一切は激することなく、少しの笑顔を残したまま次の仕事を行うべく彼の下を去っていった。



「ふふ……相変わらず楽園のような場所だぜ……♪」



 少しづつ他の場所でも決着がつき始め、周りにいる富豪たちの喜びや悲しみの声が響く様子を、彼は楽しそうに眺め続けていた。口煩いコンピュータに睨まれ続けているハイテク都市の上では絶対に味わえない、人間の尊厳をとことん踏みにじると言う快楽が楽しめるこの場所に、自分が何度も足を踏み入れたくなる理由を噛みしめながら。



「さー、そろそろ帰りましょうか」

「あ、もう良い頃っすねー」



 そして、全ての試合が終わり、コピーたちの末路を示すかのように画面が真っ黒に変わり始めるのを見届けた彼は、他の面々と共にこの場所を後にする事にした。秘密の出口へと伸びる長い廊下の両側には、彼らの無茶な指示にもほぼ完璧に答えてくれるバニーガールが、左右に列を成しながら富豪たちを見送り続けていた。これもまた毎回の楽しみの1つだ、と彼らは冗談を言い合いながら満ち足りた気分で歩き続けた。



「それにしても、彼女たちも可哀想っすねー」

「なんだお前、同情するのかよ?」

「違いますよー、協力するって選択肢が思い浮かばないくらいなんだなーって」

「まあ仕方ないぜ、あいつらは単なるコピーだ」



 あの女性の姿をした連中は俺たち人間とはかけ離れた存在、こうやってお金を賭けてあげることが彼女たちにとって最高の幸せだ――醜い冗談を言い合いながら、暇を持て余す富豪たちは騒がしく地下空間を抜け、どこか物足りない快楽に満ちた地上へと溶け込んでいった。


 また数日後、新たに創造された美しきコピーたちが『本物』の座を賭けて必死に戦うであろう時を楽しみにしながら……。


<終?>

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