そろいのマフラー
日高 森
そろいのマフラー
けっこう暖かった冬の朝、わたしは今日も大きな公園を南から北へつっきって、学校へと向かっていた。市内の中心部近くにある学校は、林や花壇や銅像のある広々した公園を前に建っていて、北側出入り口へ向かう階段を昇ってすぐ。ぎゅうぎゅうのバスを降り、公園についたらもう安心だと、毎朝なんだかほっとする。颯爽とレンガの敷かれた公園を横切る自分が、なんかはまっていると思う。
けれどその日は公園の南側出入り口でまごつき、立ちどまってしまった。大人の人たちが十人以上、横並びになって階段への通り道をふさいでいたから。木と花壇ではさまれたはばのある通路みたいなレンガ敷きの広場を、その人たちが横一列になって占領している。
男も女も半々くらいいて、全員がやけに太っている。やっぱり全員がリュックを背負っていたので、登山の前の打合せのために集合している仲間たちなのか、と勝手に思った。みんな私に背を向けているけど、なぜかこちらを窺っている気配がし、とても奇妙に感じる。
そしてもっとも奇妙に感じたのが、全員が全員、おそろいの黒っぽいマフラーをしていたこと。その朝は異様に暖かったし、登山仲間でもそこまでするのかって、かなり違和感があった。見ているわたしも、首のまわりが暑い気がしてくる。
すると真ん中あたりのひとりがふりむき、奇妙な笑いをうかべた。わたしを見ながら、仲間たちとなにかウワサしあっている。もちろん彼らとわたしは知り合いなんかじゃない。初めて見る人たちだ。
「イヤな感じ」と息をひそめて、彼らのほうをなるべく見ないようにしながら速足で歩く。グループが通せんぼしている階段への通路の、花壇側のほんの少しのすきまを、なんとか通りぬけようとした。だけど誰かに呼ばれた気がして、わたしは思わず彼らのほうを見てしまったのだ。
まじまじと見つめるわたしの目には、とても奇妙な光景が映った。笑い続ける男が、マフラーの上から首をかいている。まるでマフラーなんかしていないように。そのマフラーの先端が、空中に浮いているのにも気づく。
声をあげそうになり、わたしはむりやり下唇をかむ。
彼らのマフラーはすべて、天へとまっすぐに伸びていた。いや、天からだらりとたれさがって見える。
(あれじゃ、空から吊るされてるんじゃ……)
直感した。あれは絞首台の縄だと。マフラーは近くで見ると、もやもやした実体を持たない闇の塊に思えた。マンガやアニメで、邪気とか障気とか呼ばれるもの。
息を止めて、私は彼らの横をすりぬけた。私にもそのマフラーが降りてきたら、ものすごくイヤだから。
すりぬけたあと、その集団の人たちから嘲笑うような声が追ってきたけれど、決してふりむかずに走って、勢いのままに学校の門内へ飛びこんだ。学校の門がこんなに頼もしいと感じたことは、このときの他にはなかった。なにかの結界みたいで。
そのあと、その集団がどうなったかはわからない。その奇妙な事件のことは、あるテレビ番組を観るまで、すっかり忘れていた。
妙に涼しい初夏の朝。家のリビングで、いつも親がつけっぱなしにしているニュースバラエティの、男性キャスターの首にそのマフラーが巻きついているのを観てしまうまで。
(なんでこの人が?)
言葉を失うって、こんな感覚なんだって気づいた。
人の良さそうな、父より年上の彼は、優しい笑顔をふりまいて、番組のほかのキャストやゲストと話している。彼の首には、初夏にはまったく必要のない黒いマフラーが、ねっとりと巻きついていた。
わたしは震えて、自分の腕をごしごしさすってしまう。母親に「なんかつけた?」とか突っこまれて、「なんでもない」って返した。本当はなんでもなくなんかない。なにも罰を受けるようなことが無いはずの人に、あれが巻きついているのを見たのだから。
もっとあとに、そのキャスターの不倫やパワハラの噂は、ネットで見たけれども。
さらに数ヵ月後の朝、わたしはもっと震える事実を知る。またつけっぱなしのバラエティで、そのキャスターが不治の病にかかったと公表されたのだ。それ以来、毎朝鏡を見るのが怖くなっている。
わたしの首にも巻きついていたら、どうすれば良いのかわからない。
おわり
そろいのマフラー 日高 森 @miyamoritenne
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