anything blue
蒼条 慧思
夏日、エレベーター、花の香り
ガラスの筒を上昇していた。数十メートルの移動では近くならず、暑さも届けない夏空は書割のようだ。
乗り合わせた女性が、名残の汗をハンカチで押さえる。髪を掬い現れた項に、見てはいけない物を見た気がして逸らす。焼き付いた、白い肌の上の何かが眼裏を舞う。芯から縁にかけて紅から桃へ色を薄め、星のような形をしたあれは。痣にしては痛々しくなく、キスマークのように厭らしくないあれは。
花弁?
「秘密になさって下さい」
当惑を見透かすように、肩越しに視線を投げて彼女はフロアに消えた。冷たい甘い香りが漂っていた。香水にしては湿り、鼻の粘膜に滲むような……思う間にも冷房に掻き消えた微かなそれは、生きた花の香りだった。
階数表示を見る。エレベーターはとうに動き始めている。名前も所属も、顔さえまともに知らない彼女の香りが、脳に花弁が張り付いたように残っている。花の棲む人がどこかにいる、それだけで、このガラス張りのビルが温室のようだった。
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蒼条さんはとても暑い日、地上36階を目指すエレベーターの中でかすかにする花の香りに気づいたことの話をしてください。
#さみしいなにかをかく
https://t.co/NuV5HsVJhh
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