第11話 辺境伯

 朝食に向かう途中、バルコニーに出て、外の新鮮な空気を浴びた。

 朝のそよ風が心地良い、そして、何よりも、眼前に広がる風景の壮大さと、美しさに圧倒された。


 バルコニーからは、朝日を反射した湖の水面と、その先にある広大な森が一望できた。


 西部辺境伯の居城、ニーベルン城は、湖に囲まれていたのだ。


 対岸には、町が見える。

 大きな町だ。


 よし町へ、行こう! 【フライ】で一飛びだ!


「そろそろ、行きますよ」

 メイドが、肩を叩き、手を引いてくる。


 よし、一緒に行くか!


「姫様も、お待ちの筈です、早く、行きましょう」

 姫様かぁ、結局、レティーシアとは、同じ馬車に乗っていたが、あまり、会話はできなかった。


 しようがないので、バルコニーに別れを告げ、メイドの案内で、俺は、歩きはじめた。


 部屋に入ると、メイドが椅子を引き、そこに腰を下ろす。

 予想通り、一緒に食事をする人数は少ない。


「レティーシア、おはよう、辺境伯はどちら?」

 用意されていた高価そうなティーカップに口を付けながら、発した俺の言葉で、部屋全体が氷ついた。

 特に、レティーシア姫の後ろに控えているバーナード団長の表情は、酷い事になっている。


 やべぇ、人前で一国の姫様を呼び捨ては不味かったか?


「申し訳ない、父上は、少し公務で遅れている」

 向かいの空席の横に座る青年が、動じることなく謝罪してきた。

 ふ〜ん、金持ち貴族の二世か……


「朝から忙しいのね」

 口から出た嫌味な言葉に、俺自身もヤバイと思った。

 言語補正の奴、これじゃ喧嘩だぞ!


 ほら、青年の後ろで立っている男が凄い目で睨んでくる。


「あははは、申し訳ない、こちらにも立場がある。しばらくは、我慢して付き合ってくれ」

 随分と乱暴な物言いだが、辺境伯の息子が見せた、人懐っこい笑顔は、同性の俺でさえドキっとさせた。


「別に、いいわよ」

 思わず横を向き返事する。

 くっそ〜、この姿で、ドキドキすると、微妙に不味い、不味いですぞ!


「待たせたな!」

 突然、厳つい大声が部屋に響くと、皆、立ち上がり、声の方に会釈をしている。


 どうしよ〜、不味い、乗り遅れた……。

 声の主が気になるが、ここは、このまま、座ったままでいこう。

 一応、エルフだし、異世界人だし、作法が違うという事で、納得してくれるかもだ。


 あれ、そういえば、レティーシアも座ったままだ。

 彼女と目が合うと、ニコっと微笑んでくれた。


 姫様の微笑みゲットです。


 今日も、きっと良い一日になる。テーブルの下で小さくガッツポーズをする。


 声の主は、目の前に座ると、手で合図した。

 すると、立っていた者達が、椅子に腰を下ろしていく。


 多分、この男が辺境伯だろう。

 イメージと違って、しっかりとした体格の大男だ。


「さて、我が国に、何の用だ、エルフの姫君よ」

 辺境伯は、テーブルに両肘をつき、その組んだ手の甲に顎をのせ、不遜な態度で、俺に、問いかけた。


 マナーを知らない俺でも分かる、これは怒っていい態度、いや、激怒しなければならない、そうしないと……。


「ニーベルン辺境伯! 態度を改めなさい! 彼女は私の恩人で客人です!」

 レティーシア姫が、辺境伯を戒める声が部屋全体を支配した。


 彼女が、こんなに力強いとは驚きだ。

 その容姿から、もっと弱くて、周りの者が庇護すべき存在だと思っていた。


「ほぉ〜」

 辺境伯も、同じ思いのようで、感嘆の声が漏れ聞こえてくる。


「姫様、大変、失礼しました」

 辺境伯は、立ち上がり、レティーシア姫に謝罪した。


「謝罪は、私の客人にしなさい!」

 レティーシアの言に、辺境伯の口元が緩むのが見えた。


「エルフの姫君よ、先程の無礼な態度、謝罪する。私の名は、ハゲル・ニーベルン、西部辺境伯だ。姫様への助力……」

 何ですと〜! ハゲル、禿げる……。


 プ、プププ、不味い、我慢できない。

 ごめん、最後まで、話し聞けなかった。


 目の前に、ハゲル辺境伯の手が差し出された。


「ふふふ、エルフのソフィアです。よろしく、お願いします」

 満面の笑みで、その手を握った。


「先程の質問に返答して頂けないかな?」

 辺境伯は、手を離すと、同じ質問を繰り返してきた。


「特に他意はないわ。通りかかっただけよ」


「それで、納得しろと?」

「そうね……しいて、いうなら、レティーシアがいたからよ」


「そうですか……では、エルフの国、【アエラス】の動向を教えて頂きたい」

「知らないわ……、しばらく、エルフとは会ってないの……」

 エルフの国かぁ、観光に行きたいな。


「エルフの国、アエラスかしら、一度、行って見たいわ」

 俺は、声を出して呟いてしまった。

「今のは、ただ、呟いただけだから」

 プルプルと手を振り否定した。

 う? 否定する必要なかったような気がする。

 えっ、え〜どうしょう?


 あははは……、


 親子揃って同時に笑いだした。しかも、同じ笑い方で、ちょっとキモいぞ!


「ソフィア殿、我が西部辺境伯領にようこそ、最高のもてなしを約束しよう」

「え?  あ、ありがとうございます。でも、もてなしは苦手なので……」

「では、程々にもてなそう」

 辺境伯は屈託のない笑顔でウインクをし、ティーカップを、俺に捧げている。

 その仕草に、やっぱり親子なんだなぁと隣の息子に視線を移した。


 視線に気付いた息子は、えっ! 何? っていう表情をしていた。


 テーブルの上には、一応、パンと果物が置かれている。


 誰も、手をつけないので、もちろん、食べる事ができなかった。


 お茶ばかり、いっぱい飲んだ朝食は、辺境伯の言葉で、お開きとなった。

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