第5話 身支度を整えよう

 自室の押入れ。その周囲には、中から引っ張り出した箱という箱が山積みになっている。

 箱を出して作った空間の中に上半身を突っ込んで、僕は押入れの中をごそごそと漁っていた。

 何をやっているのかって? これは、服を探しているのだ。

 この中には、僕が昔魔術師をやっていた頃に着ていたローブが眠っている。それを引っ張り出そうとしているのである。

 魔術師に戻るわけじゃない。あくまで費用節約のためだ。

「えーっと……あ、あった。これだ」

 ようやく発見した古い箱を、押入れの外に引っ張り出す。

 古びた蓋を開けると、中から藍色の装束が顔を覗かせた。

 男物の魔術師用のローブとしては典型的な、腰から下がズボン状になっている装束だ。要所に銀糸で魔術文字の刺繍が施されており、袖には親指の先ほどの大きさのサファイアがあしらわれている一品である。

 一緒にしまっておいた靴やベルトも、少々傷んではいるが使用するにあたって支障はない程度だ。これなら手直しする必要はないだろう。

 これをしまった時はもう着ることはないと思って無造作に箱に突っ込んだからな。ひょっとして虫に食われてるんじゃないかと思ったけど、大丈夫だったみたいだな。

 ローブを箱から取り出すと、ころりと銀色の杖が一緒に出てきた。

 これは、昔愛用していたミスリル製の杖だ。

 ミスリルは魔力伝導率に優れた金属だから、魔術師の杖に最適の素材なのだ。それを考慮して、腕の良い鍛冶師に頼んで作ってもらったんだよな。

 昔使っていた道具を見ていると、何だか若返った気分になるね。

 今回は杖は使わないから、箱にしまっておいて、と。

 蓋を閉めた箱を、元通り押入れの奥深くに片付ける。

 引っ張り出した他の箱たちも、ひとつずつ丁寧にしまっていく。いい加減に放り込むと上手く入らなくなるので、面倒でもひとつずつ片付けたよ。

 箱を片付け終えたら、持って行く荷物の準備だ。

 愛用している小振りの肩掛け鞄に、ポーションの瓶を詰めていく。

 あまり大量に詰めると重量で荷物がかさばることになるので、今回持って行くのは五本だけにした。

 それから、トラッパーだ。

 トラッパーというのは錬金術の力で作動させる仕掛け罠で、見た目は掌サイズの六角形のチップみたいな形状をしている。床や壁、天井などに貼り付けて使うもので、閃光を発したり爆発したりと効果はトラッパーによって様々だ。錬金術師でなくても誰でも気軽に使うことができるので、冒険者の間では比較的ポピュラーな道具として利用されている。

 当然、これは僕が自ら作ったお手製のトラッパーだ。

 こんなものを使う場面に遭遇しないのが一番なのだが、ダンジョンは何が起きてもおかしくはない場所だ。備えあれば憂いなしというやつである。

 後は……食糧だ。

 これは街の食品店に行って買って済ませた。固いが日持ちすることで定評のある黒パンを三個、用意した。

 パンだけだと味気はないけど、こればかりは仕方がない。ダンジョンでは贅沢を言っていられないのだから、多少のことは目を瞑ろう。

 それらを鞄に詰め込んで、口をしっかりと閉じた。

 これで、ダンジョンに持って行く荷物の準備は完了だ。

 高難易度のダンジョンか……アラグたちがいるから大丈夫だとは思うが、どんな危険が待っているのだろう。

 星の砂につられて行くことを承諾しちゃったけど、やっぱりやめた方が良かったかな。

 いやいや。星の砂は貴重だ。僕がよろず屋の店主生活をしていたら、まず手に入れられることはない品なのだ。この依頼は引き受けて正解だったと思わなければならない。

 此処まで話が進んでいるのだ。覚悟して、事に臨もう。

 夜の帳が下りた窓の外に目を向けて、僕はゆっくりと深呼吸をしたのだった。

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