第4話 星の砂
星の砂。
錬金術師でなくても、ひょっとしたらその名を一度は聞いたことがあるかもしれない。それだけ、これは錬金術の世界では知る人ぞ知る品物なのだ。
その原材料は、天から降ってきた星の欠片とも言われている。この世に現存するどんな鉱物とも異なった性質を持ち、魔力をふんだんに秘めた、錬金術を嗜む者にとって一度は取り扱ってみたい素材なのだ。
武器の素材にすれば伝説の武器に匹敵する強度と霊力を秘めた業物となり、薬品の素材にすれば万能の霊薬として有名なエリクサーにも劣らない薬効を秘めた神の一滴が出来上がる、まさに万能の素材なのである。
当然、簡単に手に入るような品ではなく、現状ではダンジョンの奥深くから手に入れてくるしか入手方法がないため、市場ではびっくりするほどの高値で取引されている。それも市場に出たものは大抵王族や資産のある貴族が買い占めてしまうため、一般人が手に入れるのは本当に稀だと言っていい。
僕も、現物を直に目にしたことはこの人生において数えるほどしかない。
まさか、そんな代物を此処で目にする機会が訪れようとは──
「……本物、なのか?」
訝る僕に、アラグは自身ありげに頷いた。
「正真正銘の本物さ。俺は錬金術に興味はないから出すべき場所に出して売り払おうと思ってたものなんだが、こうして役に立つ機会があるなんて思わなかったぜ」
「…………」
僕は星の砂が入った小瓶に手を伸ばした。
「おっと」
それを、アラグはひょいと持ち上げてかわした。
「言ったはずだぜ、こいつは取引だってな。お前が俺たちに協力してくれるならやってもいいとは言ったが、ただでやるとは言ってない」
……まさか、こう来るとは。
僕は星の砂を見つめたまま思考を巡らせた。
僕は、錬金術ができるだけの一般人だ。魔物とは戦う術を持っていないし、道中は足手まといになる可能性が高いといっていい。
そもそも、危険な目に遭うと分かっている場所に行くのは御免だと思っている。
しかし。
伝説の素材と言っても過言ではない星の砂、これを手に入れられる機会をみすみす逃すのは惜しい。
僕だって人並みに欲のある人間だ。目の前にこんなに美味しい餌をぶら下げられたら、流石に心が揺れるのだ。
アラグとフラウは、冒険者としては腕の立つ人間だ。そこは信用していい。
彼らが全力で僕のことを護衛してくれるのなら、僕がダンジョンに入るのも無謀な挑戦にならなくなるかもしれない。
……腹を、括ろう。
僕は、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。協力するよ」
フラウが目を瞬かせてへぇと声を漏らした。
「凄いじゃん、星の砂」
「おしっ、これであのダンジョンは制覇したも同然だ!」
アラグは大声を上げて、僕の背をばしっと叩いた。
剣士をやってるだけあって相変わらずの馬鹿力だな。背骨がびりびり言ってるよ。
「ダンジョンに潜るための準備があるから、三日後の朝に迎えに来るからな。それまでに服とか、そっちで必要なものは準備しといてくれよな」
ダンジョンに行くための準備……か。ポーションは自前で作れるし、食糧も何とかなる。
問題は、着て行く服だ。流石にこの格好でダンジョンに行くわけにはいかないだろう。
今の僕は、ベージュのシャツに紺のズボンという、ごく普通の服を身に着けている。このままでもダンジョンに行こうと思えば行けるのだが、激しく動き回るのに適した格好ではないため、いざ魔物が出てきた時に困ることになるかもしれない。
……部屋の奥深くにしまい込んだあの服を、再び引っ張り出す羽目になるとはね。
まあ、仕方ない。これも必要な準備だと思って、後でやることにしよう。
「ねぇ」
僕があれこれ考えていると、フラウが僕の肩を叩いてきた。
「それ、何か煙出てるけど平気?」
彼女が指差したのは、火にかけたフラスコ。
見れば、中身がすっかり蒸発して、黒い煙がもうもうと上がっている。
「……あー!」
僕は慌ててフラスコを火から下ろした。
そんな感じで、僕のダンジョン行きが決定したのだった。
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