小人
キナコ
小人
また、ネットで動画を見ながら酔いつぶれて寝てしまったようだ。初夏とはいえ窓の外はまだ暗い。よだれがキーボードに垂れてないことを願いながら重い頭を上げると、目の前で小人が「よっ」と手を上げた。
ウイスキーのミニボトルほどの背丈に、でっぷりとした腹とたるんだ頬。白のブリーフ一丁でバナナの皮をすっぽりとかぶり、切れ目から手足を出したその姿はまるでトレンチコートの露出狂だ。
「ミント味は嫌いやちゃ。次はイチゴかチョコにしられ」
いつの間にか空になったアイスクリームのカップを前にしてそう言い放ち、小人はバナナの皮をずるずると引きずりながらモニターの裏に消えていった。ウイスキーと睡眠導入剤の混ざった朦朧とした頭でそれを見送ると、のろのろとデスクを離れてベッドに倒れこみ、私は再び眠り落ちた。
小人が姿を見せ始めてからどれくらい経つだろう。たぶん半年ほど前、処方されたゾルピデムを飲み始めた頃からだ。ある朝、目覚めると、食べた覚えのない空のアイスクリームカップがデスクの上にあった。最初は驚いたが、ゾルピデムには副作用として一過性の健忘や夢遊症状が出ることがあるという説明を受けていたので、なるほどこういうことかと納得した。しかし同じようなことが毎晩繰り返されると、さすがに気になる。おまけに部屋の隅を何かが動き回っている気配があった。ゴキブリにしてはでかいし、ネズミにしては遅い。そもそも、このマンションにゴキブリもネズミもいるはずがない。タワーマンションの上層階で、安くない家賃を払っているのだ。
正体をつきとめるため、カップアイスを餌にして寝たふりをしてみた。バカバカしいほど単純なその手に、そいつは易々と引っ掛かった。モニターの裏から警戒する素振りも見せずに、いかにも怠そうな足どりで小人が現れたのだ。目が合うと、ブリーフ一丁の小人はバツの悪そうな顔をして、右手を軽く上げて「よっ」っと言った。まるで、日曜の朝に道ですれ違った近所のおっさんのように、緊張感のない腑抜けた挨拶だった。
不思議なことに、一度目撃してしまうと、それはすぐにありふれた日常になってしまった。それどころか、食べ残しの溶けかかったアイスクリームをきれいに片付けてくれるので重宝するようになった。
「昨夜も冷凍庫が開けっ放しだったわよ。ほんとに気をつけてね。中のものが駄目になっちゃうんだから」
寝起きの重い体を引きずるようにしてキッチンのテーブルに着いた私に、妻が洗い物をしながら尖った声を出した。
「おれじゃないよ」朝のニュースを見ながら曖昧な声で返事をする。
「あなたしかいないじゃない。なに言ってんの」背中を向けたままの声に怒りがこもる。
「小人なんだ」ニュースから目を離さずひとり言のように呟くと、妻が手を止めて気味悪そうに私を見た。まるで三角コーナーの生ゴミになったような気分だ。
「ねえ、そういうの止めてって言ってるでしょ。しっかりしてちょうだい」
ほんとなんだ、しょうがないよと口の中でつぶやく。妻には聞こえていないだろう。
「早く検査してもらって」
「幻覚だって言うんだろ」もちろんそれはわかっている。私の声に妻が体ごと振り返った。
「レビー小体型の認知症。知ってるでしょ。小人を見るなんてほとんどそれなんだから」まるで研修医とオーベンだ。私はいらだって口を閉じる。
「認知症の夫の介護なんて、あたしは絶対嫌ですからね」こちらが凍りつきそうな声だ。
「まだ認知症って歳じゃないよ。ゾルピデムの副作用だよ」たぶん。
自分の食器の洗い物を済ますと、妻はジャケットを着てバックの中身を確認した。
「じゃ、あたし行くから。午後からオペがあるから遅くなるわ。あなた、今日はカウンセリングの日よね。絶対お酒飲んじゃダメよ」そう言い残して、妻はいつものように慌しく出て行った。
妻は外科の医師だ。そして、私も一年前までは小児科の医師だった。つまらない出来事で勤め先の病院を解雇され、今は無職だ。仕事をしていない医師を無職と呼ぶかどうかはわからないが。
私たちは都立の総合病院で知り合った。出世に興味のなかった私は解雇されるまでヒラの医者だったが、野心家の妻は病院の中でうまく立ち回って、今や外科医長目前だ。妻が結婚相手として私を選んだのは、偏差値が妻の出身校よりかなり上だったからだろう。理由はほかに見当たらない。出身校からすれば、放っておいても私が出世すると妻は踏んだのだろう。しかし、私は勤務医としての気楽な身分が気に入っていたし、ただでさえ忙しいのに、上を目指そうなどという気持ちはさらさらなかった。私たちの相性は、最初から精神的にも肉体的にも良いとは言い難かったのだ。
髭を剃り、スーツを着て髪を整えると、それでも一応社会人らしく見えた。なんといっても先生と呼ばれる日々が長かったのだ。看護師にもそれなりに頼りにされていたし、なにより、患者である子どもたちには評判が良かった。医者であるより、患者にとって優しいお兄さんでありたかったから、努めてそのように振る舞った。
さすがにお兄さんと呼ばれるにはキツい年齢になったが、それでも私が小児科の入院病棟に行くと子どもたちは喜んでくれた。時々、ポケットに秘密のプレゼントを忍ばせていくのが、彼らの歓心を買う秘訣である。お菓子の場合が多いが――もちろん栄養士と相談してだ――少し歳上の、そう、小学校の高学年から中学生くらいの女の子には特別のものを用意した。アクセサリーだったり、なにか身に付けられるものだ。
例えば下着。その年頃の女の子は秘密を持ちたがる。そこで私は「君だけに」「誰にも内緒だよ」と言いながら、可愛いパンツをお気に入りの子に渡したりした。診察の時に、そのパンツを穿いてくれているのがわかると、私は胸が震えたものだ。
カウンセリングの予約時間は午後三時からだった。駅までは五分ほど歩くが、どうにも体が重かった。電車をあきらめ、タクシーを拾う。余裕を持ってマンションを出たつもりだったが、道が込んだせいで精神科のクリニックで受付を済ますと十分ほど遅刻していた。面接室に入る前に、スキットルのウイスキーを二口ほど飲んでスーツの内ポケットにしまう。これで少し舌が滑らかになる。胸に当たるアルミの硬さと重さが心地いい。
カウンセリングを受けることになったのは妻の発案だ。それも半ば強制に近い。解雇されて以来、アルコールに浸る私を心配しているふりをしているが、実のところこれ以上厄介ごとを引き起こさないように、誰かに様子を見させておこうということなのだろう。妻らしい考えだ。
カウンセラーは精神科医で、自分をフロイトの弟子ぐらいに考えていそうな、鼻持ちならない若造である。
「顔色が悪いですね。大丈夫ですか」
「ええ、まあ。このところどうも調子があれでね」
「小人はどうです。まだ見えてますか」カウンセラーが足を組みながら、務めて興味がありそうな様子で聞いてくるが、視線はカルテに落としたままだ。
「最近は昼間でも見えますね。おまけにいろいろと話しかけてくるし」私は風邪の初期症状を説明するくらいの軽い調子で答える。幻覚ぐらいでガタガタ騒ぐ必要はないのだ。
「例えば、それはどんなことですか」
「妻が私を殺そうとしてる、なんてことを言いますね」
「小人が、そう言うわけですね」カウンセラーが覗き込むように私を見る。
「そうです。小人がそう言うわけです」
「それについて、あなたはどう思いますか」
「さあ……どうかな。ひょっとして、少しはそう思ってるかも知れません。夫婦なら誰しも一度や二度はそんなことを考えるんじゃないですかね。ましてや私みたいなのと結婚しちゃったわけですから」私は自嘲気味に口を歪めてみせる。カウンセラーが意味ありげに、ゆっくりと足を組み替えた。
「小人の言うことは、あなた自身の心の声を投影したものだと考えられませんか」
「妻に殺される、と私が考えているということですか」
「そういう可能性もあるということです。ご存知とは思いますが、自分では受け入れがたい考えを無意識下に抑圧してしまうことはよくあることです」
「それが無意識なら私にはなんとも言えませんね。なんせ無意識なんですから」小馬鹿にするような私の言葉をカウンセラーは無視した。
「無意識下にある抑圧された感情や思考を意識できるようにすることも、もちろんこれもご承知とは思いますが、カウンセリグの目的のひとつです。あなたは心の奥で、奥さんに殺されるという恐れを感じているのではありませんか。もちろん、本当に殺されるという意味ではなくて、言葉の上で、もしくはアヤとしてですが」
「早く死んで欲しいわ、なんてことは言ったりしますけど。どこの夫婦にもあるでしょう、そのくらい」
「奥さんは、あなたに対して否定的な言葉を他にどんな風に言いますか」
「近くに寄らないで欲しいとか、変な顔で笑わないでとか、もう面倒を見ないとか、まあ、そんな風です。もっとも最近は顔を合わせることもほとんどありませんけどね」
カウンセラーは手元のボードになにか書きつけると、話題を変えた。
「離婚の件についてなにか変化はありましたか」
「私は離婚するつもりはありせんから」
「でも、奥さんの気持ちとしては、離婚を望んでおられるんですよね」
「まあ……私が病院を辞めてから、時々そんなことを言いますが。それもよくある話でしょう」
少し間を置いてから、もったいぶった調子で「解雇された件についてもう一度振り返ってみませんか」とカウンセラーが言った。
また、その話をさせるつもりか。私はいささかうんざりした。クビになった原因について、まだ掘り下げる余地があると思っているようだ。精神分析やカウンセリングについての一般的な知識は私にもある。自己の内面、とくに無意識の部分を意識化し、それを言葉にして話すことの重要性や、その効果も認める。だから前回のセッションでは、面接時間六十分のほとんどをその話題に費やしたのだ。しかし、それをまた繰り返せと言うのは少々しつこすぎやしないか。
私が病院をクビになったのは、児童買春に関わったからだ。平たく言えば、美少女デリヘルで呼んだ女が若すぎたということだ。もちろん、できる限り若い子というリクエストをしたのは私だ。だからといって、十五歳の女の子が来るなんて誰が思うだろう。店も偽の身分証でだまされていたようだ。たまたま援助交際で補導されたその子のスマホに、美少女デリヘルの電話番号があった。そして顧客リストにあった私の番号に、警察から話を聞きたいと電話があったのだ。五万円で本番を誘ったのは女の子の方なのだが、未成年だから被害者で、私は加害者ということになってしまった。示談でかなりの金を払って児童買春は不起訴になった。しかし、この件が院長と事務長の知るところになったというわけだ。
カウンセラーは、『関わった』という私の言い方にこだわる。
「どうでしょう。関わったという捉え方は適当ではないように思います。あなたは自発的に、望んで十五歳の相手と肉体関係を持ったわけですよね」
「ええ、まあ、結果的にはそういうことになりますけど、前にも言ったように歳は知らなかったわけだし」
「あなたは小児科の医師です。いわば子どものプロです。そんな先生が、女の子の年齢がわからなかったというのは、ちょっと考えづらいですね」
「それは、まあ、そうかも知れないが、ちゃんと聞いたわけじゃないから」
「これは、あなたの小児科医としての職業倫理、人間性に関わる非常に根の深い問題だと私は思います。だから病院もあなたを解雇せざるを得なかったのではないでしょうか」
「ああ、そうですね」私は次第にいらだちを抑えられなくなってくる。
「どうもご自分の問題として、あまり深く考えておられないように私には感じられるのですが」
「わかってる」思わず大きな声が出た。
わかっている。カウンセラーの若造にしたり顔で言われなくても、嫌になるくらいよくわかっているのだ。私はロリコンだ。少女の裸が見たくて小児科の医者になったのだ。つまり、そういうことだ。私は真性のクソ野郎だ。だからといって自分の性的な嗜好について、深刻ぶった若造のカウンセラーなんかに懺悔して告白するつもりはない。この話はもういい。私はだんまりを決め込んだ。
クリニックを後にすると、嫌な汗が滲み、吐き気がした。重い体を引きずりながらコンビニで酒を買い、マンションに戻ってそのまま自室にこもる。一息ついてからさっさとスウェットに着替えて、新しいウイスキーの封を切った。診察室という楽園を追われ、私の居場所は今やこの部屋しかなかった。
寝室を妻に明け渡し、書斎だったこの部屋を自分の寝ぐらとしてからずいぶん経つ。書斎といっても本は少ない。その代わり、美少女フィギュアを並べたディスプレイ棚が壁を埋めている。
最初は妻に遠慮しながら、パソコンのデスクにねんどろいどを一体置いてみた。なるべく当たり障りのないようなボーカロイドのやつだ。二体、三体あたりまでは妻も「あら、かわいいわね」と大して気にも留めなかった。私はその反応を見誤った。ひょっとして妻はこの子たちを好きにならずとも、その造形の巧みさは理解してくれると思ったのだが、甘かった。
ある日、コレクションが身近にないことに耐えきれなくなった私は、北陸の実家に避難させておいた彼女たちの移動に踏み切った。美術品並みに費用をかけて丁寧に梱包されたフィギュアたちが姿を現すにつれ、私を見る妻の目が変わっていくのがわかった。その眼差しには、明らかな軽蔑が含まれていた。しかしそんな妻の反応より、再びこの子たちと生活できることの喜びの方が遥かに大きかった。私は買い漁ったものを全て書斎に収めた。こうして殺風景だった書斎は、私にとって愛の園となったのである。以来、妻がこの部屋に立ち入ることはなくなり、私は寝室を追い出された。
コンピュータを起動すると、いつものようにおなじみの掲示板を巡回しながら、あることないこと書き散らして憂さを晴らす。そのあいだにボトルの中身がどんどん減っていき、ハーゲンダッツを半パイントほど舐めたあたりで虚構と現実の境い目が次第に曖昧になっていく。そしてウイスキーで流し込んだゾルピデムが効いてくる頃、モニターのうしろからいつものように小人が現れ「よっ」と片手を上げた。今日はガリガリ君の空き袋から頭と手足を出している。青いワンピースを着たハゲだ。
「おまえに見せたいものがあるがで、ちょっとそのポケットに手入れてみられ」
スウェットパンツのポケットに手を入れて、指に触れたものを出してみると、そこにはカプセルが三個あった。
「なんだこれ」
「女房の部屋にあったがよ」
「寝室に入ったのか」
「パンツの引き出しにあったがで」
「そんなところを探ったりしてバレなかっただろうな」
「大丈夫やちゃ」
「あんまり無茶するな」
「それ、毒薬でないがか」
「ただの眠剤だろ。あいつは寝つきが悪いんだ」
「そいがやろか」
「毒薬だとしたら、自殺でもするつもりか」
「間の抜けたことを言われるな。おまえを殺すために決まっとるやちゃ」
「またその話か」
「おまえは状況がようわかっとらんがやなかか」
「わかってるさ」
「いや、わかっとらんやちゃ」
「俺だっていつまでもブラブラしてるつもりはないんだよ」
「おまえがロリコンの変態やいう噂は近隣の病院にひろがっとるのに、おまえを雇う病院なんかどこにもないがやろ」
「そんなことはわからないだろう。探せばいくらでもあるさ」
「のんきな奴やちゃ」
「小人のくせに偉そうに言うな」
「なあ、女房がいつまでもおまえの面倒を見ると思うがか。頭のイカレたおまえはただの邪魔もんやちゃ。おまえがいつまでも離婚しないつもりなら、もう殺すしかないがやろ。それに女房、あのカウンセラーとデキとるんと違うけ」
「まさか、あんなフロイト気取りの若造」
「あの兄ちゃん、離婚のこと、えらい気にしとったやないがけ」
「そりゃ離婚はカウンセリングの飯のタネだからな」
「おまえを殺してあれと一緒になるつもりやちゃ」
「そりゃおまえの妄想だろ」
「やっぱりなんもわかっとらんやちゃ。全部〝おまえ〟の妄想やちゃ。よう考えてみられ」
「面倒くさい話はやめろ」
「そしたらこれはどがいね。あれはおまえの女房と同じ大学やちゃ」
「そういえば」
「おまえらの結婚式にも来とったがで」
「そうだった」
「実家が総合病院やちゃ」
「あいつの研修先だったな」
「ふざけた女やちゃ。結婚する前からデキとったに決まっとるが」
「ふざけた女だ」
「なあ、おまえ、殺られる前に先にあの女を殺ったらまいか。お前という人間を見下すとどうなるかわからせてやるときやちゃ」
こいつの言うことにも一理ある。私という人間を見下すとどうなるか、そろそろわからせてやるときかもしれない。かつて妻は私とあのカウンセラーを秤にかけたのだろう。今では後悔しているのがありありとわかる。だが、私は離婚しない。離婚は敗北だ。別居はしても離婚はしない。あの女を幸福にさせはしない。いいだろう、とことん戦おう。まずはカプセルが眠剤なのか毒薬なのかはっきりさせることだ。
「ここでなにやってるの」
寝室にいて、私の手には妻のパンツとカプセル。
「勝手に入らないで」
妻が近づいてくる。ベッドを挟んで向かい合った。
「自分のウチのどこにいようと勝手やちゃ。それよりこのカプセルはなんだ」
「酔ってるのね。いいから早く出て行って。ここには入らないでちょうだい」
「うるさい。いつまでもおれを舐めとったらはったおすぞ」
「あなたが時々あたしのクローゼットを引っ掻き回してるのは知ってるわ。なにをしてるのか考えたくもないし想像したくもないけど」
そういいながらバッグからスマートフォンを取り出すと、動画を呼び出して私の方に投げてよこした。ベッドで二、三度跳ねて私の足元に落ちたスマホの画面には、妻のベッドに並べたフィギュアたちを前にして、妻の服を着た私がスカートを捲り上げて自慰にふけっている様子が写っていた。
「友達に頼んでカメラをつけてもらったのよ」
「友達て……あのカウンセラーのことか」怒りで心臓が苦しくなる。
「あなたには関係ないわ。いいから出て行って」
くそ……くそおんな。吐き気がする。
「ずいぶん苦しそうじゃない。顔色も悪いわ。お酒だけじゃなさそうね」凍りつきそうなあの声だ。
くそおんな……。
「気がつかなかったようだけど、あなたが毎晩食べるアイスクームに少しづつアコニチンを混ぜておいたのよ。あなたもオイシャサマなら知ってるでしょ、アコニチン。そのカプセルがそう。吐き気、痙攣、呼吸困難、そして心臓発作。やっとで効いたのね」
ちくしょう……くそおんな……くそおんな……おもいしれ。
ベッドに飛び乗って体当たりしながら手を伸ばす。妻の首は予想以上に細い。重なって床に倒れこむと、勢いに任せて渾身の力で首を締める。
妻がでたらめに腕を振り回す。肘が、拳が、爪が私の意気を削ぐ。
思うように力が入らない。鼓動が激しくなる。
ひどい頭痛。胸に鋭い痛み。力が抜けていく。息ができない。
私はベッドの横にくずれ落ちる。
妻が首をさすりながらずるずると後ずさっていくのが見える。
「早く死んで。あなたの心停止を確認したら救急車を呼んであげるわ。だから早く死んで」目を背けた妻が掠れた声で言葉を吐き出す。
あの子たちを…… 闇が拡がる意識の中で、すがるように妻を見上げる。妻のうしろで、私を見下ろしながら、小人が笑う。
〈了〉
小人 キナコ @wacico
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