帽子の下の微笑み

カゲトモ

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 コンコン。

 ・・・こんな時間にいったい誰だ?

 店の外の看板にまだ電源は入れていない。掛札もクローズのままだ。だってまだ時計は三時を指しているから。斉藤君だってまだ来てない。客か? セールスか? それとも町内会の関係か?

「はーい」

 考えても仕方ないからとりあえず返事をして席を立った。仕込みを終えてテレビを見ていたから別に問題ない。けど、セールスなら一喝で終わらせよう。さっき入れたコーヒーが冷めてしまうから。

 がちゃ。

「はい?」

 この間の雨から天気がぐずついていたのに、それが嘘のように今日はカラッと晴れていた。

 まるでその紫外線から逃れるように大きなつばの帽子を被った人が居た。ノックをしていたのはこの人だ。

「あ、いらっしゃったのですね」

「え? えぇ。あの、何のご用でしょうか」

「え! あっあの、その、先日」

 顔をこちらに向けてはいるが、つばが大きいせいで顔が全然見えない。その割に店の中に入ってこようとする。え? 誰だ? 新手のセールスか?

「あの」

「恐れ入ります、突然申し訳ありません。先日、お世話になったものです」

 つい怪訝そうな顔をしてしまったのかもしれない。その人は急いで帽子を取ると、メガネ越しに微笑んだ。

「あ」

 俺は急いで彼女を店内へ入れた。

「すみません、気づかなくて」

「いいえ、お気になさらないでください。こちらこそ不躾に押しかけてしまって」

 メガネを取って深々と頭を下げたのは、あの有名歌手の桜小路ありあだ。

「開店前ですけれど、もしいらっしゃればと思って」

「いえ、そんな」

「先日は大変お世話になりました。突然の雨で困っていたので、本当に助かりました。ありがとうございました」

 そう言って彼女が差し出したのは、紙袋とビニール傘。それは一週間ほど前に俺が貸したもので、その日彼女は濡れて来店していたのだ。

 お構いなく、と言う彼女だったが、店内に人もいないしタオルを貸して、帰りに傘を持たせていたのだ。その日は台風の少し前の日で大雨だったから。

「そんな、本当に処分頂いて良かったのに」

「いえ、そんなわけには」

「わざわざすみません」

 と、言いつつ紙袋の中を開く。見えたのは紺色のタオル。町内会の清掃の時にもらったものだ。それと、あれ?

「あの、よろしければ受け取ってください。本当に大したものじゃないのですけれど」

「い、いえ、そんな頂くわけには」

「いいえ、貰ってください」

「でも、お貸ししたものは返していただきましたし。しかも洗濯までしていただいて」

「それはそれ、これはこれです。あの日、本当に助かりましたから、少しでもお返ししたくて」

 困ったように眉を下げて笑うから、俺は小さく頷いた。

「すみません、それでは頂戴いたします」

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