社畜列島~ワーカー・オブ・ザ・デッド~
奈名瀬
社畜列島
第0話
俺は社畜に感染した。
原因は『働きすぎ』というシンプルな理由。
本来なら刑罰をくらい、犯罪者として厚生施設での生活を余儀なくされるところだったが。
俺はそう……運が良かった。
「デスクワークも大好きですけど、やっぱ現場に急行するこの瞬間ってわくわくしますよね」
護送車に乗り込む直前、後輩である女性社畜に声をかけられる。
「先輩もそう思いませんか?」
にっと向けられた人懐っこい笑みに、俺は。
「そんなこと言ってると、また社畜が進むぞ」
呆れながら忠告した。
すると。
ぽすっ……と、軽く背中を殴られる。
振り向くと、ぷぅっと頬を膨らます後輩の顔。
「なんだよ」
「先輩、そういうとこあるよね……」
急にくだけた言葉遣いになると、彼女は年下の男にでも告げるような口調で続けた。
「働くのが好きなくせに、やせ我慢は良くないよ?」
一回り近く年の離れた女性にそうやって言われるというのは……なんとも複雑な心境になる。
だが。
「おま……敬語――」
「堅苦しい言葉遣いを排除することによって職場を連想させる環境から離れ、精神的負荷を軽くし、社畜の進行を遅らせる。敬語が必要な相手にこそ、時にはあえてくだけた言葉を選ぶこと……社畜更生の一環ですし。あたし、間違ってないと思うんですけど。でしょ? 先輩」
注意しようにも、彼女は俺達においての正論で勝ち逃げを決めた。
「……お前、そんなもん守って本当に社畜が治ると思うか?」
「そうやって疑心暗鬼になるから先輩は症状が一向に改善しないんですよ」
と、楽し気に語る彼女であるが。
「一ついいか?」
「なんです?」
「お前……いつから湯船に浸かってない?」
指折り数えた後。
「……一週間くらい?」
淡々と、恥ずかしげもなく答えた。
「あ、でもシャワーは浴びてますよ? 二日に一回くらい」
「はぁ……これだから社畜は」
「な、なんですかっ! だって、お風呂に入ってる時間ってもったいなく感じてイライラするんですもんっ! そんな時間があるなら――」
「働きたい?」
「……なんでわかるんですか?」
心底不思議そうな顔をする後輩に、俺は『俺もそう思うからだ』とは言わなかった。
「お互い……社畜が治る未来は遠そうだな」
「ええぇ……でも、絶対あたしの方が先輩よりも治るの早いと思いますよ」
根拠のない妄言を吐き、彼女は俺の後に続いて護送車へと乗り込む。
「そうだ! 先輩、先輩!」
「なんだよ」
「二人の社畜が治った時は、一緒にデートしましょうね」
「はいはい。治ったらな」
「あっ! 本気にしてないでしょっ!」
そして、俺達は現場へ向かう。
恩赦を得るために。
病人であり、犯罪者であり、被害者でもある筈の社畜達を捕え、取り締まるのだ。
それが労働局社畜監督部に務める、今の俺達の仕事だった。
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