閑話 メルトと消えていくお弁当
夜の空をメルトは飛翔していく。
死神の少女は遊びの気分も害されて、今日はもう帰ってテレビでも見て寝ようと思っていたのだが。
「なんだ?」
不意にポケットで電話が着信を告げた。
悪魔ならほとんど誰でも持っているデビルスマホを手に取って見て、
「うげ」
思わずうめき声を上げてしまった。
相手は友達の悪魔トウカだった。彼女は普段は優しいが、怒ると恐いのだ。
「ターゲットに手を出したのがもうばれたってのか?」
それともスパイメカを付けておいたことだろうか。彼女なら何に気づいてもおかしくない。
電話に出たくはなかったが、無視するともっと恐そうだ。
メルトは仕方なく電話に出た。
「もしもし、何かあったの? トウカ」
「メルトですか? あなたに渡したい物があるので来て欲しいのです」
彼女は怒っているわけでは無さそうだ。いつもの普段通りの彼女の声だった。
メルトはひとまずは安心して話を続けることにした。
「今すぐか?」
「今すぐです」
「分かった。すぐ行く」
メルトは通話を終えた。
怒られるとか何かがバレたというわけでは無さそうだった。
何を渡されるかは知らないが、そんなのは会えば分かることだ。
とりあえず待っている彼女が怒る前に着くのが最善だろう。
メルトは夜の旅を急ぐことにした。
目標地点に到着し、死神の少女メルト・アウラーグは夜の空から舞い降りた。
友達の少女トウカ・ヴァイアレートは人気のない公園の休憩所で待っていた。
彼女は相変わらず人の悪い性格を人の良い澄ましたお嬢様の顔で隠した態度でメルトを迎えてきた。
「よく来てくれました」
「何の用なんだい、トウカ? こんなところで」
「あなたにこれを食べるのを手伝って欲しいと思ったのです。わたし一人では量が多すぎるので」
トウカの待っていた休憩所のテーブルには大きな包みが置いてあった。高く積まれた重箱だった。トウカは包みをほどくと、休憩所のテーブル一杯にその箱を広げた。
ちょっとした満漢全席か食べ放題みたいな景色に、メルトは少し目を見開いて舌を鳴らした。
「こんなに料理を……どうしたの?」
「友達にもらいました」
「友達に……へえ」
何だか知らないがトウカは上手くやっているようだ。こんなに食料を献上させるなんてなかなか出来ることじゃない。
「だが、量はあるが味はどうかね?」
「味は……悔しいですが保証しますよ。わたしはもう食べてきたので。どうぞ」
「オーケー」
メルトは箸を取ると、弁当のおかずを一口食べて
「これうめーな!」
すぐに驚いた声を上げた。トウカも嬉しそうだった。
「でしょう?」
「全部食べていいのか?」
「どうぞ」
途端にメルトの箸が加速した。次々と弁当を食べていく。
トウカは全部食べて良いとは言ったが、この量を全部食べられるとは思っていなかった。
メルトには多すぎる弁当をほどほどに減らしてもらえればいいと思っていた。
だから全部食べて良いとは言ったのだが……
「うめーうめー、この焼き鳥もうめー」
どんどんと消えていくお弁当を見て、次第に頬が引きつってきた。
「メルト、その辺で……」
言いかけた時、メルトの箸が止まった。それをテーブルに置いた。
さすがにこの量を全部食べるのは無理だったのだ。
かなり減ったように思えたが、お弁当はまだ3分の2以上残っていた。
それほど多い量だった。
止めるのが早すぎたかもしれない。
トウカはとりあえず安心と思ったのだが……
メルトは驚きの行動に出た!
「こんなうめーもんを、ちんたら箸でなんて食ってられるか!」
いきなり箱を掴んで持ち上げて傾けて、口の中に直接食べ物を流し込み始めたのだ!
次々と滝のように流し込まれて消えていくお弁当の姿に、トウカはさすがにびっくりした。
手伝ってもらうだけのはずだったのに、このままでは美味しいお弁当が全部消えてしまう。
そんなありえないはずの光景に絶句した。
「メルト! ちょっと待って!」
言うのだが、友達の動きは止まらなかった。
「ごごごごごご、むしゃむしゃ。ごごごご、むしゃむしゃ」
次々とお弁当を持ち上げてはたいらげていく。
もう食べるのに夢中でトウカが肩を叩いても、引っ張っても止まらなかった。
お弁当は消えた。メルトの腹の中に。全部。
あれほどあった料理の箱は、全てが空になっていた。
虚しく夜の休憩所のテーブルにさっきまで豪華絢爛だった箱が並んでいた。
「ああ、おいしかった。どうしたの、トウカ」
彼女はその時になってやっと絶望に囚われて地面に手を突いた友達の様子に気が付いた。
メルトが見ている前で、トウカはゆらりと幽鬼のように立ち上がった。
「よくも全部食べてくれましたね……」
その地獄の底から響いてくるような声に、死神の少女メルトは気圧されてしまう。
「え? だって全部食べていいって……」
「よくも全部食べてくれましたねーーーーー!!」
「うわあああ!!」
トウカは鬼のように怒るかと思ったが、涙目になって叫んでいた。
メルトは逃げようとしたが、その前に足に鞭が巻き付いて引っ張られた。
トウカが近づいてくる。悪魔の色に輝く不吉な瞳をして。
「どこに行くんですか? これからお仕置きの時間だというのに」
「何でお仕置きされるの? 何も悪い事してないよね? 弁当なんてまたもらってくれば……」
「あの女に……そんなこと頼めるわけないでしょーーーー!!」
「うひゃあああ!」
トウカが跳びかかってくる。子供のように純粋な怒りを見せて。
夜の人気のない公園に悪魔の振るう鞭の音と悪魔の悲鳴が響いた。
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