聖魔の戦い

第17話 帰ってきた初恋の人

 下校の時間だ。

 正樹にとってはすっかり歩きなれたいつもの通学路を、今度は自宅へ向かって歩いていく。

 いつもは部活に行っている優と歩くのは随分と久しぶりのことだったが。


 ミンティシアと歩くのは始めてだった。

 優とミンティシアは学校であったことを明るく話している。仲の良い二人だ。下級生の優がまるでお姉ちゃんで先輩のように偉そうだった。


 空き地の前を通り過ぎる。

 いつもの道を見つめながら、この路上でミンティシアと会ったことが随分と懐かしく感じられた。

 彼女にとってはどうでもいいことのようだった。

 いつもと同じ飾らない態度で優と話していたミンティシアは、今度は正樹の前に元気に顔を突き出して言ってきた。


「正樹さん、あたし、行きたいところがあるんです」

「行きたいところ?」


 ミンティシアにそんな場所があるなんて驚きだった。彼女はいったいどこに行きたいというのだろう。

 予想してみるが、思いつかなかった。

 答えを気にしながら話を聞くことにする。彼女はいつものように悪びれない態度ではきはきと言った。


「正樹さんが初恋の人と会った公園です」

「初恋の人?」


 正樹は視線を横にずらした。優の視線が険しくなっていた。


「おい、ミンティシア」

「あ……」


 その話は優にはするなと言っておいたのに。彼女も今気づいたようだ。

 慌てて自分の口を抑える天使の少女。でも、もう言葉は聞かれていた。今更やっても手遅れの行為だった。


 正樹もミンティシアもまずいことをやったと戦慄を顔に浮かべて優の反応を伺ったが、彼女は別に怒っていなくて気持ちの良い笑顔まで浮かべて見せた。


「ううん、あたしは気にしてないよ。だって、あの女もういないんだし。正樹にとってももう過去の女だもんね」

「うん、そうだね」


 優に正樹と呼ばれるなんてかなり久しぶりのことだ。子供の頃の関係が蘇るかのようだった。

 そう言えば優はいつから今のように優しい性格になったのだろうか。正樹にはよく思い出せなかった。


 優の言葉には棘を感じたが、怒りがこの程度で収まったのなら安いものだった。

 過去はもう過去として洗い流して、優は気分良さそうに友達として、あるいは恋を協力してくれるパートナーとしてミンティシアに親しく話しかけた。


「それで、もうあの女のいないその公園に行って何するの?」

「はい、かつて愛を知った場所なら、何か愛の手掛かりが見つかるかもしれないと思うんです」

「そうだね。もう存在しない古い愛の墓場から、新しい愛に繋がる手掛かりも見つかるかもしれないね」

「はい! その愛はもしかしたらすぐ近くにあるのかもしれません」


 ミンティシアも優もとても楽しそうだ。仲の良い姉妹のように歩き出そうとする。


「あ、そうだ。お兄ちゃん」

「ん? なんだ?」


 正樹も歩こうとしたのだが、振り返った優が不意に足を止めて、ミンティシアも正樹も立ち止まった。


「どうかしたか?」


 正樹は気になって訊ねた。

 優は何かを言いかけたのだが、その口を閉ざしてしまった。

 楽しそうに笑っていた優の顔がみるみる青ざめていった。そして、恐怖の悪魔を見たかのように固まっていた。

 震えるその視線を、正樹もミンティシアも辿って振り返った。

 ミンティシアは変わらずにのほほんとしていたが、正樹は優と同じように驚いていた。


 そこに花のように綺麗な少女が立っていた。

 彼女に会うのは子供の頃以来のことで、その少女も正樹達と同じ高校生に成長していたが、彼女の纏う優しい大人びた雰囲気は何も変わってはいなかった。


 数年ぶりに再会した灯花は、艶のある唇に清楚に指先を当てて微笑んだ。


「聞けて良かった。わたしがあなたの初恋だったんですね」

「いや、それは……」


 どんな誤魔化しも出来なかった。大人びた灯花にはどんな言い訳も通用しない。そんな強さを感じさせた。

 彼女は柔らかく微笑んだ。正樹を安心させるお姉ちゃんの笑みだった。


「わたしもあなたが好きでした」

「え……」


 灯花は告白する。正面から堂々と。長く秘めてきたお姫様の思いのように。


「わたしにとってもあなたが初恋だったんです」

「「ええええええええええ!!」」


 正樹と優は驚愕していた。ミンティシアでさえ驚きに目を見開いていた。

 世界が震撼するかと思えた。正樹と優にとって。世界が終わってもおかしくは無かった。

 正樹は固まり、優は絶望に落とされた。

 ミンティシアは……どうしていいか分からずに上げかけた手を止めていた。

 さすがの彼女でも容易くコイバナタイムを切り出す空気がそこには無かった。


 灯花はただ花のように変わらない優しい笑顔を浮かべているだけだった。

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