学校に来た

第10話 学校に行く朝

 人間界に今日も平和な朝日が昇る。世界は平和だ。

 そこに天界の危惧するような愛の失われつつある光景など何も無いように思えた。

 東から昇ったお日様は今日もいつも通りに静かに眠る町を照らし始める。

 その町に暮らす正樹にとってもいつも通りの朝の日常が訪れるはずだった。




「正樹さん、起きてください。起きてくださーい」


 朝、いつものように女の子の声に起こされる。毎日繰り返される光景だ。優が来たのだろう。

 正樹はそう思いながら、ゆっくりと微睡みの中から這い上がり、目を開けた。朝の日差しが眩しかった。


「ん? 優、もう朝か?」

「優さんの夢を見ていたんですか?」

「え……?」


 正樹はびっくりして目を見開いた。優じゃ無かった。

 すぐ傍でにっこりと笑う天使の微笑は優の物では無かった。


「ミンティ……」

「優さんなら朝ご飯の用意をしてますよ。あたしはお手伝いです」


 正樹がその名を呼ぶ前に、ミンティシアはにっこりと笑って言った。

 天使のようなと形容できるのも当然だ。彼女は天使だ。昨日家に来た。

 いろいろあってこの家で暮らすことになった。優ともすっかり仲良くなった。

 彼女は朝から元気いっぱいの様子だった。よほど楽しいことがあったのか、嬉しそうにニコニコしていた。


「朝一番から優さんの名前を呼ぶなんて、本当に仲が良いんですね」

「いや、別にそんなことは」


 照れくさくなって正樹はベッドから立ち上がった。


「着替えるから、優の手伝いをしに行ってくれないか。きっと困っていると思うから」

「分かりました。今日こそ良い愛を見つけましょうね」


 ミンティシアは小さく両手でガッツポーズを見せて部屋を出て行く。


「朝から驚いたな……」


 正樹は深く息を吐いてから、服を着替え始めた。

 今日は朝から心臓の鼓動が早くなっていた。きっと驚いたからだなと正樹は思った。


 

 制服に着替えてリビングに行くと、そこにあるのはいつもの光景だ。

 優が朝ご飯を作ってテーブルに並べている。

 視線を横に移動させると、椅子に座ってこっちを見ているミンティシアと目が合った。

 彼女が微笑んでくる。正樹はドキッとして挨拶した。


「おはよう、ミンティシア」

「おはようございます。正樹さん」


 朝からどうしてこんなに天使の事を気にしているんだろう。不思議に思いながら正樹は席に付いた。

 今日の朝ご飯はいつもより気合いが入っているように見えた。並んでいる皿も料理の種類もいつもより増えている。

 食べる人数が一人増えたからというのもあるだろうが、優の負担も増えているだろう。


「いつも悪いな、優」

「好きでやってるからいいの。お兄ちゃんにまずい食事をされるとあたしも困るし、親にも申し訳が立たないよ。いただきますしよ」

「うん、いただきます」


 いつもより多い食事かと思えたが、三人で食べるといつもより箸の回りが早くて、すぐに無くなっていくように感じられた。

 優の作る朝ご飯はおいしい。そんな当然のことを思っていると。

 ふとミンティシアが箸を止めて、正樹に向かって言った。


「優さんと相談したんですけど、発想を変えてみるというのはどうでしょう」

「発想を変える?」


 優とミンティシアは正樹が起きる前にいろいろと二人で相談していたようだ。

 正樹は疑問に思って訊ねる。そもそもミンティシアの言う発想というのが何の発想なのか分からない。

 天使の少女は明るく言った。


「愛についての発想ですよ。愛を正樹さんが思っている人ではなく、正樹さんを思ってくれている人に向けて考えてみるんです。そうすることで新しいことが見えてくるかもしれません」

「僕を思ってくれている人か……」


 そう言われてもパッと思いつかない。正樹は朝から思考を回転させてみる。

 思ってくれている人というと両親や優やクラスメイトや先生辺りだろうか。

 でも、天使の言う事だから、そんな簡単な答えでは無いと思う。

 まるで謎々みたいだ。ミンティシアの目を見ても答えは見えなかった。

 彼女は言う。ヒントを出すみたいにして。


「ほら、正樹さんを思っている可愛くて綺麗な女の人がすぐ傍にいるんじゃないですか?」

「すぐ傍に綺麗な人か……」


 正樹は考える。ヒントを元にして。

 優は違うだろう幼馴染だから。綺麗なという路線からも外れる気がする。すぐに選択肢から外した。

 正樹はすぐ傍にいるミンティシアの顔を見て考える。彼女は朝からニコニコしていてとても綺麗な澄んだ瞳をしていた。


「あ……」


 正樹は気づいたように声を上げる。手掛かりの実感を得たようにミンティシアの笑みが深くなって身を乗り出してきた。


「気づきましたか? そういう人がすぐ傍にいることが」

「いや、でも、いるの……かな?」


 正樹はすぐ傍から身を乗り出して訊ねてくるミンティシアから目を逸らせて、食事を再開することにした。気を逸らすようにムシャムシャ食べる。

 ミンティシアは優を見て、優はミンティシアを見た。


『一歩前進しました』

『OK』


 そんなアイコンタクトと指の合図が交わされていた。

 正樹が顔を上げて、優は上げていた指を下ろした。


「ありがとう、優。今日の朝ご飯も美味しいよ」

「どういたしまして。美味しいと言ってもらえるのが一番の宝物だよ」


 正樹も優も幸せそうで、ミンティシアは愛を伝える計画が上手くいっているのだろうなと思っていた。

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