渡辺まりえのSTORY

世界三大〇〇

はじまりの便り

京都府の郊外にある小さな盆地。

その北に位置する小高い丘の上にその屋敷はある。

私がここへ来るんは、昨日ぶり。

私の名前は、渡辺まりえ。現在中学3年生。普段は似非関西弁を話すの。

櫻華流という日本舞踊の家元の曽孫なの。

その家元というのが、この屋敷の主人で、名を渡辺徳梓夏っていうの。

私は、大ばあ様って呼んでる。

学校へ行く前に大ばあ様にご挨拶するのが、毎朝の日課になっているの。

でも今日は、とっても楽しみなことがあって、そのご報告に伺ったの。


「大ばあ様、おはようございます」

「おはよう。その声はまりえだね」

「はい」


窓の外には盆地の平坦にして広大な大地が見渡せる。

今は冬だから、真っ白でとても綺麗。私もお気に入りなの。

でも、大ばあ様は、3年前に視力を失ったの。

だから、この景色を見ることも、私の顔を見ることも出来ないの。

それなのに、大ばあ様はいつでも私のことを見てくれている。

私、とってもかわいがられてるのよ。


「何か楽しいことでもあったのかい」

「分かるん?」

「ええ、分かりますとも。大ばあは、まりえのことなら何でも分かるのよ」


大ばあ様は、元々高い鼻を更に伸ばし、自慢気におっしゃったわ。

大ばあ様ったら、本当にかわいいの。

だから私、大ばあ様のことが大好きなの。

いつも甘えてるし、時々は、意地悪したくなるわ。

だって、かわいいんだもの。


「でもね、大ばあ様、ちょっとだけちがうんよ」

「そうかい、どうちがうんだい?」

「楽しいんではなくって、楽しみなんが一杯あるんよ」


大ばあ様ったら、考え込んでしまったわ。

その顔も、とってもチャーミングなの。

大ばあ様はとっても頭がいいのよ。

だからいつも、私の喋りたいこと、全部言っちゃうの。


「東京へ行くのかい?」

「うん!」

「ゆとりちゃんも一緒だね」

「うん!」


ゆとりちゃんっていうのは、私の親友。

望月ゆとりっていうの。同い年なんだ。

私は縮めてゆとちゃんって呼んでるの。

3年前まで、一緒に子役としてテレビにも出てたのよ。

ゆとちゃんって、とってもかわいくって、頭がいいの。

だから、私、大好きなの。


「それは本当に楽しみだわね」

「うん! 楽しみ!」

「ゆとりちゃんも元気かい?」

「元気よ。また一緒に活動しようって誘ってくれたんよ」


ゆとちゃんは、今は秋田に住んでるの。

だから仕事を辞めてからの3年間は会っていないの。

でもメールでのやり取りをしているんだよ。

うちがメール送ると、いつも『凄い!』とか『偉い!』とかって返してくれるの。

メールの件名は、いつも『Re:』ではじまるのよ。


「ゆとりちゃんの方から?」

「そうなんよ。うち、とっても嬉しい」


昨日のメールの件名は『東京へ行きます』だった。

本文には、明日深夜バスに乗りますって書いてあったの。

あと、高校受験するって。

私、とっても嬉しかったわ。


「まりえはゆとりちゃんのことが、本当に好きなんだね」

「うん、ゆとりちゃんのことを考えると、何だか楽しいんよ! あ!」

「そうかい、そうかい。楽しいのかい」

「大ばあ様のおっしゃる通りやん。うち、今とっても楽しい!」


大ばあ様の鼻が、また高くなった。

そこへ、大ばあ様付きのメイドさんが入ってきたの。

大ばあ様の鼻はすぐに引っ込んだわ。

メイドさんは大ばあ様に熱いお茶を渡したの。私にはカルピ牛乳。

お茶を啜る大ばあ様は少しだけ寂しそうだったわ。


「それなら、帝国さんに連絡しておかないとね」

「うん、お願いします!」


帝国さんっていうのは、ホテルの名前。

渡辺家が東京に滞在する時は、いつも使わせてもらってるの。

私はいつも大ばあ様に連絡してもらってるの。

部屋が空いていないことなんて、一度もなかったわ。


「それから、もう1つ、お願いがあるんよ」

「言ってごらんなさい、大ばあ様はいつだってまりえの味方だよ」

「うん、ありがとう!」


それで、秋葉原女学館を受験したいってお願いしたの。

試験日は、明日、2月10日。

大ばあ様は、暫く考えて受話器を取ったの。

誰かと話した後、受話器を置いて、優しく言ってくれたの。


「大丈夫よ。行ってらっしゃい」

「うん。ありがとう!」

「しばらく会えないのね」


大ばあ様は、寂しそうだったわ。


「うん。でもうち、東京で頑張りたいんよ」

「そうね。そうなさい」


大ばあ様は、分かってくださってるの。

櫻華流を継いだら、好きなことが出来なくなる。

私が我儘言えるのは、今だけだっていうことを。

だから、私、大ばあ様のことが大好きなの。

でもそれ以上に、ゆとちゃんのことが大好き。

私は、新しい生活に胸を躍らせていたわ。








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渡辺まりえのSTORY 世界三大〇〇 @yuutakunn0031

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