第49話 SS48 空白の誰か

※ 人魚視点 ※


 夜の海岸は、さざなみの音のみが聞こえている。黒い膜に覆われた少女を送り届けろ、という命を受け、桟橋さんばしまで連れてきた。……具体的なを聞いていなかった。


「この辺で良いか……。」

「……。」

「あなたも大変ね。聞こえていないでしょうけど。」


 もう、投げ捨てて帰りたい。無気力な少女を不憫ふびんに思うが、私に出来る事は無い。垣間見た記憶では、この桟橋で5番目の御方は少女と釣りをされていた。

 この桟橋に寝かせておけば、誰かに気づいてもらえるかもしれない。


「人に見られると面倒だし。よっと……。」


 黒い膜が消えていき、少女が夜風に晒される。しばらくすれば、目を開けるだろう。それまで待つなんて事はしない。そろそろ帰ろうとした所で、違和感を覚えた。


「この子の服……記憶の服とは違う? 私たちの服と雰囲気が似ているような……。」


 あぁ、御方のほどこしを頂いたのだろう。不運の象徴5ばんめの施しとは、数奇な運命ものね。

 守られている少女に世話を焼く必要は無い。深海へ潜行しながら海底を見ていると、少し離れた岩陰から一定間隔で泡が浮かび上がっていく。

 こんなところに? ちょっと寄り道……何あれ? 移動している?


「これは……どれだけの咎を背負わせたの? あの子に。」


 透明な半球形の物体ヘルメットが、深海を一直線にエラのもとへっていた。


――――――――

※ エラ視点 ※


 私が目覚めた時、目の前には満点の星空が広がっていた。

 体を起こす際、口元に当たる円柱形の筒を手で押し退ける。邪魔……。

 すると、今までの硬さが嘘のように変形し、ネックレスになった。こんなの、いつ着けたっけ。

 それに、いつ寝たっけ? あ、釣りをしてて寝ちゃったのかな。

 辺りを見回すが、釣り竿は無い。落としちゃったかな。

 桟橋から乗り出し、海面を見るが見えるはずもなく。

 明日、もぐってみて見つから無かったらあきらめよう。収穫ゼロかぁ。明日、何食べよう。


「そういえば、ずっと寝てたのに……。」


 お腹は減っていない。むしろ、ぽっこり……。こんなに食べられるはずがない。だって、やっと捕まえた魚をで――トルーデと私と、えっと……。


「あれ? 誰だっけ。」


 胸が締め付けられるような息苦しさを覚える。桟橋に座りながら、今日の出来事を振り返る。忘れてはいけないような気がして。

 ……ん~。思い出せない。とりあえず別荘に戻ろっと。


 桟橋から砂浜を見ると、私の家の明かりが点いていた。多分、トルーデがいるのだろう。

 不意に、昼間の光景が脳裏に浮かぶ。光景。一緒に釣りをして、泳いだりして……。


「あなたは、誰? 何で……こんなに。」


 頬を伝う涙が、止まらない。

 トルーデが私の泣き声を聞いたからか、別荘から走ってきた。


「エラ……よね? どこ行ってたの?」


 私の数歩前で立ち止まり、私に問うてくる。トルーデは何を言っているの、と顏を上げた私を見て、トルーデは剣を抜く。


 振りぬいた――月明かりを反射する騎士剣は、青白い軌跡を残し……


 とても綺麗だった。



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