ひまわり 斜陽 明日の庭

第51話 

 少女の頭に覆いかぶさりなだめていると、泣き声が小さくなってきた。

 俺は少女の前にせ、たずねる。


「……機嫌直ったか? タタ。」

「……。」

「はぁ、女の子の機嫌の取り方なんて知らんぞ。」

僭越せんえつながら、女性の名前を間違えるのは如何いかがなものかと。』


 給仕は何を言っている? こいつの名前はタタだろ? さっきはなみずすすりながら言ってただろう。

 給仕の指摘に首をかしげていると、鼻水を俺の尻尾で拭いた女の子がポツリと言い直した。


だもん。」

「あ、タピタだな。覚えたぞ、タピタ。」

「豚じゃないもん。」

「悪かったって。タピタだな……って何でまた泣きそうになってるんだ?」

『情報不足ですが、メス豚を連呼していましたね。』


 藪蛇やぶへびだな……ってメスは付けてねーよ。

 とりあえずタピタは放置して、鼻水まみれの尻尾をキレイにしておこう。黒球の高音とともに緑色に光った尻尾は、ふわふわだ。我ながら良い尻尾だと思う。

 視線を尻尾から泣き虫少女『タピタ』に戻すと、俺の耳を見ているよう――


 ――いや、もう少し上か……まさか見えてないよな?


『視線は、こちらを向いています。移動します。』


 スーっと黒球が横滑りすると、タピタの視線も合わせて動いた。見えてんじゃねーか。泣き止んだみたいだし聞いてみよう。


「タピタには何が見えてる?」

「分かんない、もわーってしてるのが動いた。」


 が見えたか。身振り手振りで説明するタピタを給仕に調べさせ、他の3人を見る。タピタが俺の尻尾を手櫛てぐししてくる。今は好きにさせてやろう。

 俺に見つめられたバカ3人が身を乗り出して聞いてきた。おぉ、グイグイ来るな。


 街の周辺では、俺のように人と会話する動物を見たことが無いらしい。根掘り葉掘り聞かれた。こういう悪意のない絡みに関して、給仕は守ってくれないらしい。

 俺が無口なタピタの後ろに隠れると、さすがにやりすぎたと思ってくれたようだ。

 タピタが両耳や背中をゆっくりと撫で始めた。もしかして慰めているつもりなのだろうか。


「暴力反対。大丈夫……かも。」

「かも、かよ。」

『幼女を拘束して、泣かせて罵声ばせいですからね。』


 蒸し返すな。伏せた俺は耳を動かしタピタの手を叩く。タピタの手は宙を彷徨さまよい、また尻尾に落ち着いた。チラっと目を向けるとタピタはビクっと震える。

 ふんっと鼻を鳴らし目を瞑ると、タピタの手櫛が再開された。


「うん、良い毛並み。」

『すっかりペットですね。』


 まったく、子守は大変だ。タピタが鼻歌でも歌いそうなほど笑顔になっている。4人で俺を囲むように座り、撫で回し始めた。

 耳引っ張るな! ったく……飽きたら街に行くだろう。




 バカ3人の腹が減ったところで、そろそろ帰る段になり。採集で小遣い稼ぎをしているらしい。急いで集めに行った。タピタは門限があるので先に帰るらしい。

 タピタがかがみ聞いてくる。無防備に屈むな……。


「一緒に来る?」

「良いのか? 街は行ってみたい。」

初心うぶですか』


 直視しないように顏を背けた俺をめろ。首を傾げるタピタは俺を抱き上げると、街へ向け歩きだす。遠くでバカ3人がギャーギャー騒いでいる声が聞こえてくる。タピタは「いつもあんな感じだよ?」と言っているが……良いのか?


『問題は無いかと。周囲に魔力反応はありますが、離れていきます。』


 バカ3人が役に立っているらしい。給仕の報告を聞いていると、タピタは道を逸れ始める。近くのやぶから一握りの赤い実をぐためにれたようだ。

 俺の鼻先に見せるようにして聞いてくる。


「食べる? 赤……えへへ。」

「赤くなるのか?」

『酸味の強い果実です。』


 タピタが一つ食べ、梅干を食べたような顏をしている。ぷるぷる震えるタピタに、ほっこりしながら果実を一つもらう。……これ、味はレモンだな。電池や洗浄剤にも使えるかもしれない。給仕に調べさせる。

 俺がもごもごしていると、タピタはペロッと真っ赤な舌を出した。

 タピタは、口の周りをなめる俺を見てクスクス笑っていた。……俺も赤くなっているのか。そんな事を考えていると垂直な土壁が見えてきた。


「見えてきた。疲れてない? もう少し我慢。」

「今更なんだが、街の名前は?」

「ゲシトクシリ。」


 ゲシュタルト崩壊しそうな名前だな……。タピタには街が見えているらしい。俺には断崖絶壁しか見えない。森を抜けたにも関わらず、目の前の土壁のせいで圧迫感がある。どこに街があるのか……ニブルデンバのように近づけば見えるのだろうか。

 土壁に向け歩いていくと、視線を複数感じた。どこからか見られている?

 森と土壁の中間辺りでタピタは立ち止まる。土壁には2メートル四方の黒い枠が見えた。わざわざ描いたのか? キョロキョロと周りを見るが、静かなものだ。

 タピタは見上げる俺を撫で、土壁を見上げた。


『正面に2名、上方に3名。武器を携行。対処可能です。』

「あーけーてー。」

「タピタ、他のバカはどうした?」


 撃たれるかもしれない、と警戒していた俺たちを余所よそにタピタの間の抜けた声が響く。知り合い、なのだろう。それよりも……あのバカ3人は皆にバカと思われているのか?

 上方からの質問に答えるタピタを見ていると、森からバカ3人が走り出てきた。岩壁の黒い枠が回転扉のように回転し、通れるようになった。忍者屋敷、ではないよな?

 タピタは後方の3人を一瞥いちべつし、岩壁を通り抜ける。


「良いのか? 後ろで何度か呼んでるみたいだぞ?」

「時間かかるもん。」

『後方のバ……少年たちの発言を拾いますか?』


 今、バカって言いそうになっただろ。後ろから「ギャー」やら「ごめんなさいー」やら聞こえるから拾わなくて良いわ……。

 タピタは待たされる事を予想できたのだろう。微笑んだ顏が少し怖かった。


 回転扉の先は地面すら黒い道だった。翠晶すいしょうの緑色の光が道の両側に点在するにも関わらず、壁も天井も床すらも黒い。燐光が舞う光景は――


 初めて通るはずなのに。とともに歩いた?


 何かを思い出せそうな所で、黒球が高音を発した。



―――――――――


 目覚めた時、俺は暗い部屋のベッドでパジャマ姿のタピタに抱かれていた。

 寝息を立て眠るタピタの目は赤くれている。泣いたのだろう。鼻にかかる髪を後ろに流してやると、身動みじろぎした。起こしては……いないようだ。

 

『街は寝静まっています。』


 給仕の報告を聞き、起き上がる。尻尾を引き抜く際、起こしてしまったようだ。タピタが目をこすりながら顔を上げ、俺を見て動きが止まる。

 前足をヒラヒラさせると、タピタは俺をペタペタと触り始めた。しばらく好きにさせ、満足したのか聞いてくる。


「痛いとこ、ない?」

「寝てただけだ。」

「そう……。」


 タピタは不安気だ。無言で肉球をイジるのは不安なのか好奇心なのか。女の子は良く分からん。

 頭を左右に振っていると、俺の動きに気づいたタピタも同じように首をかしげている。真似をしたい年頃か? 試しに前足で耳をくと、タピタも側頭部を丸めた手で掻いた。おーい、真似されてるんだけど。


『しばらく付き合ってあげては?』


 俺はペットかよ……。夜半に泣かれても困るし、付き合ってやるか。

 渋々しぶしぶタピタの相手をする俺に、給仕が『愛玩動物ペット。』と漏らした事を覚えておく。いずれまとめて返してやる。



――――――――――


 結局、明け方までタピタと遊んでいたためタピタは眠そうだ。

 それでも母親の足音で起きて、部屋を出るあたり……しっかりした子なのかもしれない。アホ毛は見なかったことにする。引きずっていった毛布が扉に挟まっているのも、だ。

 タピタの部屋は、シングルベッドが2つ収まる広さだ。窓は天窓のみ、ベッド脇の床に丸椅子が1つ、左右の壁面に1つずつがあるだけの殺風景な部屋。服をどこに仕舞しまっているのだろうか。


『取っ手を引くことで折り畳まれた板が机になるかと。』


 壁面収納おりたたみ机とは、狭い部屋だからこその工夫なのだろう。服は反対側の収納に保管されているのだろう。漁る気は……ない。

 給仕のとがめるような視線を感じながら、ベッドから降りて体の調子を確かめる。よし、問題ない。


 部屋を出ようとした所で、タピタ似の女性と目が合った。金髪、碧眼の若い女性はタピタの置き土産もうふに手を伸ばした姿勢で止まっている。


「おはよう、で良いのかしら。」

「おはよう。」

「あら、本当に話せるのね。ちょっと毛布から動いてもらえる?」


 俺が退くと女性は「タピタの言う通りね……。」とつぶやいていた。


 女性がタピタのベッドに毛布を畳んで置き、戻ってくる。

 運悪くタピタが服で顏を拭きながら戻ってくると、女性に見つかり怒られていた。

 タピタは俺を抱えて部屋に戻ると、愚痴り始める。


「お母さん、すぐ怒る。」

「親の言う事も一理あるだろ?」

「ぷー。」


 理屈では無さそうだ。思春期は難しいな、と考えていた俺の前でタピタは壁面の取っ手に触れ、着替えた。


「は?」

『魔力反応なし。』


 緩やかな風が吹き抜け、タピタの髪を揺らぐ。思わず間の抜けた声が出てしまった。タイトな膝丈の白ワンピースは小麦色の肌に映えている。タピタのパジャマは弧を描き、俺にかぶさった。鉄臭い……。


「どうしたの?」

「タピタ、今の着替え早かったな?」

「慣れると早い。」


 慣れ、らしい。ちなみに給仕に聞くと『たしなみです。』と返答してきた。こいつら……。

 被さったままのパジャマを綺麗にしてやり、タピタに差し出すと俺を見て固まっていた。パジャマを揺らして暗に示すと、やっと気づいたのかタピタは受け取った。

 そのままの姿勢で顔を近づけてくる。


「綺麗になった。何で?」

「何でって聞かれてもな……。」


 給仕に聞くと『魔法と答えて差し支えありません。』との事。

 肉薄するタピタから逃げつつ伝えると、黒球と俺を交互に見ながら徐々に潤ませていく。この狭い部屋で泣かせる訳にはいかない。

 俺は黒球に目配せし、耳を押さえたまま尻尾からタピタの口へ突進する。

 ボフっという音とともに黒球の膜がタピタを中心にでき、黒球の腕が俺を支えた。


 何とか尻尾から逃れようとするタピタと、逃がさない俺がバタバタしていると部屋の入口から怒声が聞こえてきた。


「何してるのタピタ! 遊んでないで行くわよ!」

「もごごもごももご!」(遊んでないもん!)


―――――――――――


 タピタの部屋は2階らしく。階段を下りた俺たちは、リビングの隅で立たされていた。


「うー、タピタのせいで酷い目にあったぞ。」

「キツネさんだもん。」

「いい加減にしないと、?」


 タピタの母であるタニアが、紐とパーマに使うヘアカーラーのような5センチ程度の円柱形の筒を見せて言う。目が笑っていない上に、金髪が揺らいでいる。

 俺たちは頭を押さえ、これ以上増えないように防御した。


 すでに一つセットされているのだ……。


 タピタ曰く、お母さんが怒ると巻かれ、外したり隠したりすると増やされるらしい。一度街の外で外したら、3つに増やされたらしい。どうやって知るのかは謎のままだそうだ。そこは是非解明しておいて欲しかった。

 タピタはカーラーを、俺は耳の間の毛をくくられている。許されたとしてもしばらくの間、癖がついてしまうらしい。はぁ。


「タピタ、今日は織りの仕上げを、お願いね?」

「はぁーい。」


 仕上げって何だろな。織物のほつれでも確認するのだろうか。

 そんな事を考えていた俺をタピタが呼ぶ。

 部屋の入口でこちらを向いている姿に、息を呑む。見覚えがある立ち姿。忘れてはいけない記憶と情景がフラッシュバックした。




 つばの広い帽子を被ったタピタに似た少女の後ろ姿は、のようで。

 青空を背景に振り向く顏には、瞳に暗い水の揺れるような闇をたたえる――


 ——黒い球があった。

 




 数秒の追憶ついおく

 見た光景をみしめながら床を見るように歩く。『5番目』としての経験彼女とともに思い出せた。


 タピタの前まで歩き、ゆっくりと座った。視線を上げた俺にタピタは膝を折り、顔を近づけ聞いてくる。


「キツネさん、大丈夫?」

「あぁ、可愛いから見惚れてた。」

「えへへ、褒めても何もないよ?」

「本当だぞ? 本当に、綺麗だ。」


 面と向かって褒められる事に慣れていないのだろう。見つめる俺から目を逸らし、タピタは頬を染め顏を帽子で隠した。本当に……なんだよ。彼女と。


 思い出したくない、という『始めの俺』の願いは……確かに叶っている。思い出そうとしてももやが掛かったように不明瞭ふめいりょうなのだ。

 魔力を目に集め周囲を見ると、俺と黒球を繋ぐ2本の管が見えた。5番目では細い方は見えないだろう。頭上を漂う黒球が立ち止まる俺を監視し、もやを維持しているのか。

 思い出すとしよう。










。俺は、お前の何番目だ?」

『っ! ……、でございます。』

「そうか。以降、俺の記憶は消すな。」

かしこまりました。』


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