第47話
閃光は強化した膜に直撃し、激しい振動が俺たちを襲う。周囲の
給仕が
『戦闘待機、被害は軽微です。距離50ですね……許可を。』
給仕の声に似た機械音声が頭に直接響いてくる。腹這いになったまま、視線を上げようにも体に力が入らない……。何でだよ。許可って何をだ。
こちらを見て待機している給仕の肩越しに相棒がいる。膜の維持をしているようだが、吸い過ぎだ……。
『許可を。』
何とか、しろ……。
もう、それしか考えられない。
給仕は俺が身動きできなくなった様子を見て、背を向ける。
『限定行使。』
――――――――――
※ 給仕視点
主からの許可を頂けなかったため、限定的な行使に
全く……なぜ同士討ちをするのです? 毎回、膜を貫通させる私の身にもなってもらいたいものです。
『右腕を』
短く指示を出すと、右腕が肩まで黒く染まっていく。限定行使中は腕を動かせなくなる。だらり、と力無く垂れた右腕をそのままに。
補助は任せますよ?
『視認……動きませんか。』
通常の視覚情報に温度分布や魔力反応等を反映する……あちらは冷却中のようですね。次弾までに処理を。膨大な情報処理も行使により可能となっている。
膜の再強化と接続準備を……完了。許可を頂ければ手順を簡略化できたものを。
チラっと後ろを見ると、主と
もう少し、そのままで放置します。
視線を前に戻し、右腕を
小さな黒い球体の維持に伴い、流れ込む情報量が増加していく。制限が無ければ、と無い物ねだりをしてしまう。新調して頂いた体であっても厳しい……仕方ありません。
『接続』
本体から右腕へ黒い管が接続される。ふぅ、右腕は任せます。
視覚情報を整理し、弾道を計算する。潮流、魔力の流れ、海水の抵抗……照準持っていかないで! まったくもう。すぐ遊ぼうとする。
右腕が真っすぐ目標を向いた所で次に移る。
『装填』
本体から右腕を通り、指先の球体へ魔力が送られる。圧縮は順調、球体を膜外へ。やはり深海では安定しませんね……。球体の挙動が不安定なため、弾道計算が狂う。
先制を許したためノイズが酷く、無駄な計算を強いられる。
弾道計算が終わろうかという時、聞きたくない高音が響く。このタイミングで気づきますか……火力馬鹿の癖に
『硬化』
膜外の球体を覆う。ここまでの経過を無駄にはできない。
後ろの二人を抱えての移動も回避も厳しい。私には膜を動かす権限が無いから。
今は、耐えるのみ。被害予測も問題なし、2発は耐えられるわね。
再計算は……私の方が、早い。あとで覚えておきなさい。
――――――――
給仕の右腕と黒球が接合して以降、黒球からの魔力吸引が緩和した。少し休めば起き上がれるだろう。
次の攻撃に備えねば、と思った時には既に撃たれていた。
『ぐっ、ううぅ!』
と、目の前に立つ給仕が苦しそうな声をあげている。強風のような魔力の波が吹き抜けていく。目前の給仕の足から何とか首だけを動かし、見ないようにする。
後方には非常口のマークのようなポーズで、膜に押し付けられているエラがいる……問題ない。
勢いが止んだので給仕に目を向けると、黒い右腕に魔力を集めていた。
「撃ちます! 衝撃に備えてください。」
警告とともに黒球は、海水に溶けるように消えていった……失敗か? 胃に響くような重低音が聞こえてくる……何だ? どこに撃った?。
まだ起き上がることはできない。首だけを給仕に向けると、膜を変形させ海底に
固定していた。
「バカが来ます。」
短く言った給仕の右手はあばらの下まで引き手を取り、突きができる状態に構える。衝撃と……バカ? 給仕も荒い言葉を使うのな。
疑問に思う俺をよそに、溶岩が降り注ぐ。泡と岩石は膜に阻まれるが、視界は奪われた。何がしたいのだろう。こんな物で膜を壊せない事など分かるはずだ。
敵はどこだ?
『……上です。』
思考を読まれた。上を向いた給仕の声が聞こえてくる。
濁った海水が少しずつ沈殿していく。視界に給仕と同じ服装の人……魚? がいた。この世界には人魚がいるらしい。フォークのような
海水に揺れる淡い藤色の長髪は、ほんのりと光って見えた。全身をモヤのようなモノが覆っている。深海に霧もフェイスベールも無いだろう。
人魚は給仕を睨みつけ、歯をむき出しに
『あなたが来なければ、アタシが一番でいられる!』
『私たちは、主の側に控えるべきで、一番には……成り得ないのですよ。』
俺とエラは蚊帳の外だ。言い争っているうちに俺の耳を治してもらおう。まだキンキンするしな。黒球が俺の意図に気づき、寄ってくる。
―――――――
緑色の光が消え、耳鳴りは消えた。耳の調子を確かめながら給仕と人魚の物理的なやり取りから目を逸らしエラを見る。すると、後方で文句を垂れていた。耳を手で覆っているのは現実逃避だろうか。
「エラ大丈夫か?」
「あー、聞こえないー。帰りたいー、お
まぁ、エラも女の子だったということか。顏前に近づいた俺に気づくと、捕まった。少しは泣き止んでくれたようだ。
「わーい、キツネさんだー。やわらかーい。」
現実逃避して幼児化しやがったか。とりあえず鼻を前足で叩き、覚醒させる。冗談だと言うが、泣いてるだろーが。鼻も拭け。
俺がエラの顏をゴシゴシしていると、視線を感じた。
振り返ると、
人魚がハッとした顏をした後、耳に手を当てる。仕草に見覚えがある。誰かと通話する時だったような。誰だったか。
『は、はい! ……主がお会いになるわ。こちらへどうぞ。』
「あなた、言うべき事があるのでは?」
『ぐっ……その、突然の無礼をお許しください。』
人魚が深々と頭を下げる。……いつまで頭を下げているのだろう。
隣に立つ給仕がため息をつき、こちらに視線を寄こした。あぁ、俺が言わないと終わらないのね。
「顏を上げてくれ。」
『はい、では案内します。』
「御案内致します、でしょう?」
『ぐっ、御案内致します。』
案内しようとした人魚への指摘。俺は気にならないが、給仕は細かい所を気にするのだろう。人魚の声は抑揚が特殊だ。カタコトの母国語を聞いているような……。
あれ? 俺の母国って、どこだっけ。まぁ、いっか。
人魚の後ろをついていく。
何だ? 何かが、おかしい。
『山頂付近が最も水流の
考え事をしていた俺に人魚が声をかけてきた。膜ごと流されてしまう程なのだろうか。給仕よ、指摘してやるな。ほら、また苦い顏してるぞ。俺を
さらに進むと山頂が見えてきた。遠目で見るに、どうやら山頂はカルデラのように大きな凹地になっており、中心部分に……ん?
「山頂……黒くないか? 何だ? あの大きさは。」
「はい、あなた様ですよ? 主。」
『まもなく山頂です。御気を付けください。』
俺? どういう事だ。
給仕を見て考えてしまったようだ。人魚の声で山頂を見ると、カルデラの中心に浮遊する巨大な球体の一部が目に飛び込んできた。カルデラの中央から海水とともに大量の泡が垂直に流れていく。海水は、どこから……。
斜面を登り終え、巨大な黒球の全容が見えた。視界一杯に広がる巨大な黒。これが俺なのか。
『申し訳ございません。ここからは御一人でお願いします。』
「流れが急になる箇所があります。お気をつけ下さい。」
見上げる俺に、立ち止まった人魚と給仕が言う。
エラは、と目を向けると「御一緒にどうぞ。」との給仕の声。給仕たちは待つようだ。
ほっとした顏のエラと新しい膜を作り、巨大な球体に近づいていく。総毛立つ圧迫感がある。エラの手の震えを
球体の下に近づいていくと、上から声が響いてきた。
『ようこそ5番目。出迎えに不備があったようだが……まぁ、問題ないだろう?』
「……。」
『あれ? おーい。おかしいな、
エラが、俺と巨大な球体を交互に見て
反応に困っていると、巨大な球体の下部から
尻ごみするエラをなだめつつ待つ。黒い物体は膜にゆっくりと触れ、
―――――――――
『よっ、ほっ! 疲れてきた……引っ張ってくれー。』
「何つーか、台無しだな。エラも手伝ってくれ。」
『おっ、ぬけうげっ!』
楕円形の黒い物体から出てきたのは、この世界に降り立った頃の俺の現身だった。全身白毛、耳と尻尾の先が茶色のキツネ。小さいなぁ。目の前で鼻が抜けずにジタバタしていたが、疲れたようだ。
触りたい気持ちを抑えているエラとともに引っ張ってやると、白キツネは抜けた勢いのまま地面に鼻から落ちた。
『久々に痛い。』
「だ、大丈夫? あ、もこふわぁ……。」
「話を進めろよ。」
エラと白キツネに
海山の直上を浮上すれば、海面まで問題ないらしい。キツネ同士で身振り手振りの質疑応答をしていると、エラのだらしない声が聞こえてくる。
「あぁー、もう。どっちもカワイイ……。持ち帰りたいー。」
『お前も大変だな。』
「分かるかよ、兄弟?」
他にも、この世界や黒球、そして俺たちについても教えてもらった。
この世界における俺たちの役割は循環であり、交代しても良いならば交代してあげてくれ、と。たまに嫌がる個体もいるが次の個体で補うらしい。
「俺は?」と聞くと、『お前は変な奴だ。』と言われてしまった。好きに生きて良い、と言われてもなぁ……。
給仕は黒球と同一の存在と見て良い事、個体差はあれど指示に従う事、そして腕輪を外す時の注意を聞いた。
『腕輪を外すと、黒球は何もしなくなるぞ。』
「何も? また着ければ良いんだろ?」
『着けられればな? そこの可愛い子は守ってやるから、試しにここで外してみろ。』
「あぁ、やってみる――」
『いやいや、やめとけ。水圧で潰れたいのか?』
膜まで消えるのか……。
俺以外の来訪者も同じ質問と行動をしたらしく、少し寂しそうにしながらも教えてくれた。やはり自分が教えてくれるので、分かりやすい。
いきなり森の中に転移した時に、こういう説明があったら……。
「なぁ、この世界に来た時に説明が無くて大変だったんじゃないか?」
『ん? あぁ、お前が1番目の代わりだとしても同じみたいだぞ。死なない程度に
「確かに。指示した事をする便利な奴って認識だった。」
『実際そうだしな。使いすぎるなよ? 忘れるだけじゃ済まないからな。』
「何かを忘れる事があるのか……。」と呟いた時、エラと白キツネは
白キツネがエラと俺の顏を交互に見て、何かを確かめるように言う。
『ちょっと……聞いてみるか。メイドを――』
「はい、ここに。」
『おう、相変わらず早いな。』
いつの間にか後ろに給仕がいた。目を見開いているエラの顏から、いきなり現れた事を
エラの後方に、人魚の近づいてくる様子が見て取れた。500メートル程度を一瞬か……良いな。
白キツネが尻尾の位置を直しながら給仕に問う。
『こいつの記憶を何回飛ばしている?』
「全消去4回、特定の記憶を7回です。」
『……そんなにか。』
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