第46話 SS IF 朱の帳

「トリックオア……トリートメント?」

「選択になってねーよ?」


 トリートメントって手術も含むからな……。首を傾げる仕草はともかく、特殊な恰好も相まってアブナイ発言でしかない。あーもう、包帯が地面に着きそうになってアタフタするハルを手伝う。

 俺たちはハロウィン衣装を合わせているところだ。秋の収穫を祝う祭りだった気がする……肌着に包帯という出で立ちは、何気なく漏らした結果だ。


―――――――――


「へぇ、収穫は皆でやるんだな。」

「うん。みんな頑張る。」

「ハルも行くのか?」

「うん、お母さんと一緒。」


 俺を放そうとしないハルとともに、開拓村を歩く。どうも別れ方が気に食わなかったらしい。まぁ、楽で良いけどな。

 開拓村に戻ってきた俺たちは、ハルの家に厄介になっている。重機の必要な作業や物資輸送に黒球は役に立っていた。給仕もまた知識や料理で人気を博していた。

 俺はペットらしくダラダラしている。再生した尻尾の手入れもハルがしたがるので、やってもらってツヤツヤだ。何もすることが無いと、暇になるわけで。


「なぁハル? お祭りとか無いのか?」

「お祭り?」

「秋の収穫祭とかハロウィンとか。」

「はろう?」

「ん? ハロウィンは、子どもが化物に変装して大人からお菓子を貰う祭だ。」


 お菓子貰えるの? と不思議そうなハルに教えながら家に入る。ハルの母親への挨拶もそこそこに説明を続けていると、母親と給仕も聞き耳を立てていた。


「以前はハロウィンをしていないのか?」

「はい、初耳です。」

「他の家の子どもは……。」


 と、給仕に聞いた後にハルの母親を見ると「ちょっと時期が悪いかもしれないわね。」と、苦笑いだ。するとしても家の中だけか。

 ハルは……うん、聞かなくても分かった。目は口程に物を言うようだ。キラキラした目で「お菓子、服作って……」と自分の世界に浸っている。どんな格好をするつもりなのだろう。


「余っている布とかあったか?」

「色の種類も含め、問題ありません。」

「よし、ハル。どんな服が着たい?」

「えっとね、ここを……。」


 ハルの注文通りの服を作る——と言っても包帯に見立てた布の切れ端を縫い合わせていくだけだ。包帯のロールを解いて、体中にひっかけたミイラ。

 ハルの琴線に触れるモノだったらしい。余り笑わない子が笑顔になれるのなら、いくらでも協力してやろう。

 母親と給仕に突撃していったハル。給仕の焼いたクッキーを貰い、俺の所まで戻ってきた。

 そして冒頭のセリフである。


―――――――――


「おいひい!」(おいしい)

「良かったな……欠片カスが飛んでくるんだが。」


 ハルの食べたクッキーのカスがポロポロと降ってくる。給仕に取ってもらうが、後でにしよう。

 ハルの母親と給仕の合作料理が食卓に並べられていく。おぉ、今日は奮発したな。

 海の幸を大胆に使ったサラダは切り身を野菜に見立て、盛り付けられている。教えてはいないはずだが……まぁ、良いか。ドレッシングはカルパッチョに合うものにしてあるのか。チーズも開拓村では量を食べられない。

 ハルが食べたい視線を向けているので流してやると、わちゃわちゃしながら食べていた。

 他にもお菓子やパンなど数分で用意できない料理が並んでいる……。黒球を使い過ぎだぞ。魔力は俺から吸われるんだからな。

 そんな事を考えていると、満面の笑みのハルが俺を呼ぶ。


「キツネさん!」

「ん?」

「ありがと!」


 その顏はとても綺麗で、残しておきたいと思った。できるかもしれない。

 黒球を呼び、貯め込んだ鉱石から黒いモノを取り出す。20センチ四方……よし。


「全員寄ってくれ。黒球、この光景を鉱石に絵として残せ。」


―――――――――


 俺の置いていった透明な球の隣に静かに置く。そこには笑顔のハル親子と給仕、そして俺が描かれている。良い笑顔だ。いつもこれくらい笑っていられたら良いのにな。

 黒い写真モドキを眺めていると、ハルを寝かしつけた母親が食卓に戻ってきた。


「寝たか?」

「ええ、今日は本当にありがとう。ハルのあんな笑顔久しぶりだったわ。料理もおいしかったし。給仕さんもありがとう。」


 給仕は静かに一礼した。ハルの母親は飲めるクチだ。台所から持ってきたコップに給仕が酒を注いでいく。二人で飲むつもりらしい。まぁ、楽しんでおくれ。つまみを差し入れしてハルの部屋に移動する。

 去り際に「夜這いですか?」と聞いてきた給仕は酔っているのだろう。




 静かな部屋に入ると、寝息が聞こえてくる。

 ハルの枕元に丸くなると、尻尾を求めてハルが寄ってくる。何が良いのかは分からんが、枕代わりに尻尾を提供している。


「まったく。」

「えへへ……。」


 どんな夢を見ているのやら。ゆっくり、ゆっくりと夜は更けていった。


―――――――――


 鳥のさえずりが聞こえてくる。部屋はいまだ薄暗い。薄っすらと目を開けると、俺の尻尾に顏を埋める恰好で眠るハルが見えた。規則正しく上下する肩に毛布を掛ける。

 むずかる様子に起こしてしまったか、と手が止まるが、ハルは起きなかった。セーフ。


 そういえば今日あたり……と、視線を上に向けると、いつも通り漂う黒球がいた。給仕の姿は見えない。昨日、飲み過ぎたのだろうか……って酔う姿を想像できないが。


「来客の手配を頼む。移動で疲れるだろう。」

「かしこまりました。」


 誰もいないはずの部屋の入口付近から声が聞こえる。薄暗がりに潜むのはコイツの趣味らしい。もう慣れた。黒球と給仕が部屋を離れていく。

 俺はもう少しハルの枕になっていよう。


―――――――――


 昼頃。


 トントン、ガチャ


「入りまーす。あ、キツネさぷぎゅ!」

「バカタレ。ノックしたのなら応答を待て。」


 ノックしたかと思えば、すぐに開けやがって。ハルの母親も、応対しようと浮かせた腰を止めて中途半端な体勢になっている。ビックリした顏は、隣に座るハルとほぼ同じ……さすが親子だ。


「いたたぁ……キツネさん、ひどいよ? 久々だよね?」

「知らん。甘やかされたお前には良い薬だ。」

「もう、何を投げ……?」


 俺が投げ、顔面に直撃したモノを見て硬直するエレナ。銀髪を少し伸ばし、ますます大人っぽくなった。塞ぎ込んでいた時期もあったようだが、師匠カミラさんのおかげで立ち直ったらしい。その特徴的な腕も、使い方を覚えたようで何よりだ。

 見習い期間を終えたエレナは、一人で辺境にも移動するようになった。ビクビクしていた頃とは大違いだ。


「これ……もしかして私に?」

「開けてみろ。」


 エレナの足元に落ちたを暗に示し、開けさせる。色白の肌には不釣り合いな紺色の腕。慣れたとはいえ……若い女性にとっては周囲の目を気にするだろう。

 だからこそのの腕カバー。きちんと五指の動きを考慮した作りだ。

 給仕の縫製ほうせい技術には脱帽だつぼうだった。エレナの仕事を考慮して、無地のようでアップリケや見えにくい所の装飾がなされている。


 しばらく腕カバーを呆然と見ていたエレナが、カバーを抱きしめ俺を見る。目には涙があふれているが、今はそっとしておこう。泣かせるつもりは無かったんだが。

 床に座ったままのエレナの膝に前足を置き、顏を覗く。


「ありがと、キツネさん……。」

「良かったら着けてくれよ?」

「うん、うん……。」


――――――――


 落ち着いたエレナと給仕が台所で作業している。エレナは早速腕カバーを着け、鼻歌交じりだ。その様子を見ながら、座り直したハルの母親が頬に手を当て、ニヤニヤしながら聞いてくる。


「やるわね、キツネさん? あんな綺麗な子、どこで?」

「人聞き悪いぞ? 変な事はしてないからな。それよりハルの事だ。」

「……今、聞かなければいけない事かしら?」

「目を逸らしてはいけないと思うぞ。」


 台所と食卓を往復するハルが俺たちの様子に不安気な表情を見せる。母親が「大丈夫よ、台所に行っていて。」と言うと、渋々歩いていった。


「そうね……年頃の女の子ってどんな格好をするのかしら。」

「普通で良いんだよ、普通で。アレあの恰好はダメだろう。」

「可愛いとは思うわよ? ……家の中なら。」

「後半ボソっと本音出たじゃねーか。」


 目を逸らした母親の視線の先には、料理を抱えたハル――ハロウィンは終わったが今も下着に包帯姿――が歩いてきていた。昨日より悪化してる……。なるべく直視しないように気をつけていると、


「育児って大変よね……。」

「あきらめんな、バカモノ。」


 目の光が消えかかっている母親の悲しい呟きが、耳に届いた。

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