第38話 SS28 if 

 カクヨム28話以降――メヒティルトと関係を築く未来。

 一部、本編未登場のネタバレを含みます。(気づく人は、いないと思われる程度)


――――――――――


 照りつける太陽、揺らぐ陽炎、自前の水着で遊ぶバカどもを眺める。波打つ音と騒がしい奴らの声を聞きながら、入道雲を見上げる。……あ、鳥飛んでるわ。

 

 7月の季節を現代人の心に訴えかけているもの、とは何だろう。


 この蒸し暑い気候と、やる気の無い相棒と、居候いそうろうの分際で俺の尻尾を枕にしている奴らちびたちを見ながら考える。


 雨季が終わったから乾季か……

 そろそろ七夕とか花火とか……は無いよな、こっちには。


「なぁ、キミよ?」

「何?」

「花火って知ってるか?」

「ん、知ってる。教えてくれたもん、この『あいす』も。」

「そうだったか。作ってみるか。」

「良いの? 嬉しいけど……。」

「少しくらいは良いだろう。なぁ……こいつも許容してくれるみたいだ。」

「フフ……今日は気分良いの?」

「……かもな。少し離れていろ。」


 キミとバカどもが離れていくのを少し寂しく思う。しかし、危険に晒すわけにはいかない。さっさと作ろう。久々の工作だ。頼むぞ、




 まずは材料だ。

 本来ならば、火薬や金属の粉を作る必要がある。だが、ここは地球ではない。そのため、精製できるような文明レベルは期待できない。

 では何を『材料』とするか。岩や砂、水は目の前に、木は後ろにあるが……。


 無から有を生み出す、この世界には無い方法――にえは俺だ。


「3割くらいで良い、属性毎に100個程度の球を作ってくれ。」


 キィ――ン


 久々に聞いた俺だけに聞こえる高音と倦怠けんたい感……よし、作業開始だ。


 花火の作り方なんて知る由もないが、和紙を巻いたボールの中に火薬を丸めたものが入っていた気がする。

 当然の事だが、和紙も無ければ火薬も無い。だが俺は生み出せる。


「外殻形成、属性は均等に配置してくれ。敷き詰めて内殻形成だな。」


 目の前に直径2メートルほどの硬質で透明な球を作り出す。ちなみに中は魔力で満たされている。こうしておけば操作しやすいからだ。


 花火の大きさは20号1メートル10号50センチそして3号10センチで良いか。大きさなんて適当だが。

 最後に大きい玉を打ち上げるようにしよう。初めて見る花火。あいつらの笑顔が目に浮かぶよう、だ。

 ふと、手を止めて考えてしまう。いつも良くしてくれるあいつらに――


 ――喜んでもらえるだろうか、という一抹いちまつの不安が肥大した。


 ブチュ、ビチビチ! と嫌な音。

 左腕を突き破るを砂に埋もれさせ、耐える。耐えるしか出来ない。


「ぐっ、くっそ、落ち着け!」


 ググッ……ピクピク……微かに振動する左腕を気にしつつも、周りを確認する。


 ふぅ……気を抜くとダメだな。作業に集中しよう。あぁ、材料の一部を持ってかれたか……。足りない分は都度つど作っていこう。

 導火線は不要だから楽なもんだ。左腕から伸びたを操作する。今では慣れた操作だ。


 20号と10号を作り終えた時点で日が傾いてきた。あと3時間くらいで日没だろう。休まなければ間に合いそうだ。小言は甘んじて受けよう。

 3号は玉数を揃えておけば良いだろう。途中、いつもの薬も飲みながら作業にいそしむ。味も何も感じないが、欠かすわけにはいかない……らしい。



「柳」「牡丹」「菊」いくつかの大きな花火の打ち上げ用意をし、3号玉を作り終えた時には、夕日が水平線に届こうか、というところだった。

 空には一番星が輝いている。じき宵闇よいやみがやってくる。花火が映えそうだ。

 良い仕事をした後の余韻を味わっていると、着替えたキミが俺を呼びに来た。


「……終わった?」

「ん? あぁ、悪いな。」

「ううん、行こ?」

「あぁ、頼む。」


 俺を迎えに来たキミに連れて行ってもらう。本当にだ。他の奴らは、俺を枕代まくらがわりにしたりするのに。


 移動中、長方形の紙をふところから取り出して、渡してくる。

 まったく、『味も機械もコショウ次第』って誰だよ書いたの……。


「みんなで用意したの。」

「ほぉ……短冊か、良く知ってたな?」

「七夕は教えてもらった。……覚えてない?」

「んー、覚えてないな。」

「そう……お願い事、する?」


 俺は静かに首を振る。

 星空を背景に、風に揺れる短冊を眺める。おそらく魔力ねがいを込めたのだろう。淡い光がとても綺麗だ。


「冷えてきたけど、戻る?」

「皆を集めてくれ、見せたいものがある。」

「わかった……風さん、伝えて?」


 程なくして、皆が集まった。全員着替えてやがる……まったく。ガキどもの後ろで申し訳なさそうにしているの気遣いには頭が下がる。


「今日はありがとう。俺からの贈り物だ。その辺に座って、空を見ていてくれ。」



 皆から少し離れ、用意した玉を順に浮かせていく。そして気つけ用に丸薬も出しておく。さぁ、始めよう。


はなよ、咲け。』


 夜空に咲き乱れる大輪の花。思った以上の完成度だ。

 色とりどりの3号玉や海上花火10号が打ち上がる度に、大きな歓声が上がっていた。

 ゴリゴリと魔力が削れていくが、終わるまで持ってくれよ……。震える足で必死に立ち続ける。最後に、大迫力の20号を打ち上げよう。


 そうだ……この華に俺の願いをのせよう。














 最愛のキミよ、歩くのも覚束ない俺を、どうか……どうか、見ないでくれ。

 ちっぽけな自尊心が邪魔をして、キミの前では泣きたくないんだ。





 予期していたのだろう。俺を抱き起こしたキミのでる手は、いつにも増して震えていた。

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