第39話

 荷車の後ろでアルフに教える。ナネッテたちには聞かれないように小声だ。


「銀貨40枚ってのはだろ? 買った時のはいくらだった?」

「えっと、パンの材料は袋1つ1銀貨、干し肉も容器1つで1銀貨だったね。」

「まず、その倍額で吹っ掛けてみろ。あいつらの顔色を見ておけよ。」

「良いのかなぁ、そんなに上げて……。」

「良ければ買う、買わなければするんだろ?」

「あ、そうか。」


 痺れを切らせたナネッテがアルフを呼んだ。

 アルフは深呼吸をして、ナネッテと向き合う。さぁ、いくらまで出せるか。


「早速、取引証明書を作ろうね。銀貨42枚で良かったよね?」

「待ってください。」

「え?」

「色々と考えたんだけど、安すぎるよね? 運んだ手間もかかってるし。」

「それを含めてのだよ?」

「じゃあ、売らない。」

「え?」


 アルフに対して余裕のある態度だったナネッテの顏が、ひくついた。アルフの言葉が予想外だったのだろう。交渉もせずに『売らない』と言われた事がないのか。

 アルフは他の高く売れる村へ行けば良いのだ。この村で必ず売らねばならないわけではない。利益が出るならば御の字なのだ。

 まぁ、ナネッテとは初対面でもないし……情報も少しは出そう。


「そういえば、ニブルデンバは大移動するぞ?」

「え? まだでしょ? ……連絡きてませんよね?」

「あぁ、まだ来てないな。」

「連絡ってとしても、可能なのか?」

「それは……。」

「ここへ来る途中で橋を確かめていたから……そろそろ来るんじゃないか?」


 アルフの横に並んだ俺がナネッテに教えてやると、後ろを振り向き村長とギルド員に確認していた。3人の顏は、すでに余裕が無くなっている。


 俺の耳に駆けてくる足音が聞こえてきた。

 後ろを見ると、遠くに動く存在を確認できた。ほらな、という意味を込めてナネッテを見ると、歯がゆい顏をしていた。


「アルフ君、いや、。」

「はい?」

「食料を売って欲しいの。ニブルデンバの大移動が始まったら、食料を買いに行けなくなる。隣村にも買いに行かせたけど、まったく足りないの。なるべく安く……お願いします。」

「だってさ?」

「お前が答えろよ、アルフ?」


 ナネッテは拳を握り、悔しさを隠しきれていない。アルフに対して頭を下げる事は、屈辱なのだろう。

 アルフ売値を決める。相手は買わざるを得ない状況で安く売るか、それとも……。そんな思いを隠し、横目でアルフを見る。ふむ、落ち着いて考えている。優勢な展開でも冷静に対処することが重要だぞ、アルフ。

 

「……わかったよ、いくらで買ってくれるの?」

「50枚――」

「アルフ、帰るぞ。」

「え?」

「――って帰ろうとしないで! 60枚、60枚だすから!」

「最初から言え。」

「うわぁ……。」


 うわぁ、ってなんだよ。うわぁって。

 ……これからはすることになるんだぞ? アルフ。


 アルフは俺とナネッテのやり取りを間近で見て、引きつった顏をしている。

 ナネッテは肩を落としていたが、すぐに立ち直り、村長たちと話し合いを始めていた。頭の切り替えの早さは、さすが商人といったところか。


 食料を荷車ごと渡すむねをナネッテに伝え、ナネッテから銀貨の入った袋を受け取る。村長が隣に目配せし、ギルド員は頷いた。

 アルフは手渡された袋を背負い袋に入れようとする。


「ちょっと待てアルフ、数えろ。」

「え?」

「交渉での金のやり取りは、必ず数えろ。」

「う、うん……いち、に……あっ。」

「あっ。」


 ……ほらな。


 だまされるところだった。

 銅貨10枚を見せつけると、ナネッテは村長を睨みつけた。そして自身の腰にくくり付けているポーチから、銀貨を取り出し交換した。


「ごめんなさい、村長には言っておくね……。」

「あはは……。」


 アルフは分かっていない。苦笑いをしていて良いのか?


「お前はだませる、と思われていたってことだぞ。」

「……そうだね、気をつけなきゃ。」


 はぁ。


―――――――――――


 その後は、商談を終えた。きちんと証書も書かせた。少し値の張る小瓶を安く買ったきもちとして、もらった。傷薬のようだが気にしない。アルフの袋に詰めておいた。


 後は急いでニブルデンバへ戻るだけだ。

 ……日が傾いてきている。日没まで2時間、といったところか。


――――――――――


 橋の調査をしていた奴らとすれ違い、橋まで戻ってきた。

 引き留めようとしてきた奴らには、歯を見せて威嚇いかくしてやった。俺たちは急いでいるんだ。

 移動は黒球だよりだ。荷車が無いので、アルフをぐるぐる巻きにして引っ張っている。アルフは体力が無いからな、仕様がない。

 ちなみに荷車の車輪をしたものを両側に生やした黒球は、思いのほか速かった。


「当たってる! 痛い! 当たって――」

 

 はぁ、幻聴アルフの声が聞こえる。あと1時間くらいなのだから我慢して欲しいものだ。必要最低限しか避けない黒球のおかげで、アルフは枝や跳ねた石などに晒されている。強く生きて欲しい。


 橋は申し訳程度の『手すり』が取り付けられていた。地面に残る車輪の跡は、先程すれ違った奴らの残したものだろうか。

 時間をかけて調べていたようだが、俺は事を知っている。

 黒球が橋を越える際、アルフが橋にこすれている気がした。気のせいだ。



 橋を越えてしまえば、後は直線だ。

 前方をチョイチョイと指差しながら、もっと楽しみたいだろう? という意味を込めてと微笑むと、アルフは必死に首を振っていた。


「アルフ?」

「今のままでも間に合うと――」

世の中は、理不尽で出来ているんだたのしいことってすきだろう?。」

「イヤだー!」


 黒球に意気揚々とGOサインを出す。実はアルフを気遣って少し抑えていたのだ。おかげで俺の気分魔力は上々だ。

 少しだけがした。黒球が吸ったのだろう。必要経費だ、頼むぞ?

 光の粒が俺から黒球を伝い、黒球の後方に収束していく。


 黒球はを作り、高音が小刻みに聞こえてくる。アルフが上空を見て、何か言っている。怖いのかもしれない、俺の後ろに座らせておこう。

 そして、


 ゴッ――ドゴッ

 

 というにして、俺たちは急加速した。


 他の音も聞こえたが、気にしていられない。全身の毛が、向かい風で酷いことになっているからだ。

 薄目を開けて見た景色は、瞬く間に視界の外へ流れて行った。

 

――――――――――


 標的を仕留めそこねたが、直径5メートルほどの窪地くぼちの中心で立ち上がる。立ちこめる土煙が流れ、妖絶な風貌ふうぼうあらわになった。


「また外した……。気付かれて、は無いみたいね。」


 避けられた。どんな方法かは分からない。

 しかし、負けたわけじゃない。窪地から飛び出し、標的黒犬を追いかける。

 

「今度こそ、仕留める。」


 黒翼を羽ばたかせ、上空から標的の位置や進路を見える。街の結界や防護壁を視界にとらえ、苦い経験がよぎる。


「街には入らせないわよ……。」


 先程よりも鋭く、速くそして確実に……。脚部にまとう魔力の質を上げていく。


―――――――――― 


「なんかあったか?」 


 街を見下ろせる崖を前にして、夕日の隠れた山影が辺りを侵していた。朱色の空は徐々に黒ずみ、刻一刻と大移動の時間が迫っている事を表していた。30分くらいだろうか。

 アルフは後方を凝視していた。その様子は、まるで会ったような……。

 アルフの視線の先――後方の橋付近に砂煙が上がっている。


「あれ、多分、メイさんだ……。」

「分かるのか?」

「2回、かな……見たの。」


 少し歯切れの悪い返答をするアルフ。砂煙の辺りにでもメイがいるのだろうか。

 目を凝らしても見えない……。まぁ、何にしても結界の目の前に到着だ。ここから結界に入り、街へ降りていくだけだけだ―――


 ―――黒球に言っておくことにしようと口を開けた時、黒球は急制動をかけた。


 拘束を解かれたアルフと俺は地面に投げ出され、もんどりを打って倒れる。アルフを気遣う余裕はなかった。目紛めまぐるしく動く視界の中で、した黒球が急降下してくるを迎撃する様子を見た気がする。

 

 結界まで―――結界と俺たちの間に、黒球が墜落した―――黒球を追うように空から舞い降りたのは、長身の女性。

 初めて見た時よりも身長が高く、二度目よりも魔力の絶対量が多い。周囲の揺らぎは、その証拠だろう。女性―――メヒティルトは地面に埋まった黒球を見下ろしながら言う。


「っと……何度やっても無理よ。」

「何だ、何でお前がここにいる。」

「ん? 決まってるじゃない。」


 こちらに振り返り、メヒティルトは当たり前のように言った。


「獲物を捕りに来たのよ?」

「アルフ! 逃げ―――」

「邪魔。」


 待ってくれるわけもなく。

 俺とアルフの間へ音もなく接近したメイに、アルフは反応できない。ゴギュッという鈍い音と共に体を『くの字』に曲げ、木々の隙間を抜けていった。

 アルフの飛んで行った方向を気にしつつも、から離れようと足に力を入れ始めた時、メイは俺を見据えた。


「無駄よ? 逃げても良いけれど、あの子をらうわよ?」


―――――――――――――


 それからは何回攻撃されたか数えていない。

 俺が攻撃されるたび、間に入る黒球の防御は意味を成さず、俺は何度も踏まれた。

 

 後ろ足を踏みつぶされ、現在は尻尾を掴まれ逆さ吊りになっている。

 胃液も何も出ないが、どうも俺の体はようだ。血の代わりに赤い燐光が地面へとこぼれ落ちる。黒球に吸われる時と同じような脱力感がある。……魔力なのだろう。

 

「ふふ、諦めて早く出しなさい? あの魔力の塊を。」

「こと、わる……。」

「あら、あの子をいたぶれば出してくれるかしらね?」


 メイが不敵に笑い、アルフの飛んで行った方向を見やる。

 木の根元の草が揺れる音で近づいてくる者が


 来るな、逃げてくれ、来ちゃダメだ……。


 そんな思いとは裏腹に、アルフは覚束ない足取りで姿を現した。痛みに顔を歪ませたまま、メイに話しかける。


「何で、メイさん、ぐっ……キツネさんは、だって……。」

「ふふ、何でかしらね?」


 ゆっくりとアルフはメイに足を引きずりながらも近づいていく。

 泥で汚れ、ボロになってしまった服をそのままに、蹴られた脇腹を押さえている。空いているはずの右手には一束のを握りしめ―――


 ―――メイに向け、投げつけた。

 

「そんな花をどう……くっ!」

「いたた、やっぱりメイさんは嫌いなんだね?」


 俺の尻尾から手を放し、メイは5メートルほど飛び退いた。体を動かす力も入らず、地面へと落下した。アルフの投げた花が俺の近くに落ちる。

 自身の体をどうにか動かそうとするが、動かない。蹴られ過ぎたか……。

 「黒球は?」と探すものの見当たらない。どこかに蹴り飛ばされたか? 肝心な時にいない。

 ……にしても、なぜメイは距離を取ったのか。アルフの投げた花は力なく―――


「え? 起き上がってる?」

「そうだよ、その花は『退魔の花びら』だよ。酔っぱらう草と似てるからメイさんも間際まで分からなかったんだよ……痛ぃ。」


 説明をしながら俺と花の間に歩いてくるアルフ。すまないな、黒球がいないと治せないんだ。

 地面と魔力さえあれば育つ『退魔の花びら』は周囲の魔力――特に魔獣などの強い魔力を吸収する。

 そんな花を投げつけられれば、俺たちの中で最も多い魔力量のメイが離れるのは必然だった。そしてメイが離れた今、俺の魔力が吸われている。……黒球に比べれば微々たるものだ。


 アルフが片手で俺を抱き上げる。それを見たメイは近づこうとするが、退魔草はメイの魔力に反応する。

 舌打ちをし、再び距離を取るメイを尻目に、アルフは俺を崖の縁まで運ぶ。


「させない、させないわ! 私の、私の!」


 魔力を吸われることをいとわず、メイが地を蹴り、接近してくる。


 痛みに耐え、こちらに精一杯の笑顔を作るアルフを何とか、何とか助けなければ! たとえ――


「キツネさ―――」


 アルフの呼び声に、俺の思考は中断されてしまった。そして、アルフもまた言い切ることができなかった。鎖骨付近から生えた貫手ぬきては誰のものか。


 俺の顏の飛沫は。



 アルフは俺を手放した。



 アルフの叫び声が――唇の動きから何を言ったのか、が分かってしまう。


『これからも、友達だよ。僕も――』

「アルフー!」


 アルフの体を貫いた血に染まった貫手を見ながら、そして、そこにいない黒球へ叫びながら―――俺は崖下の森へ落下していった。



2章 END

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