第27話
手早く仕留めた獣を黒球に片付けさせ、アルフの横に戻る。空が明るくなってきた。日の出が近いのだろう。歩いてきた道を背に、正面に見える山と山の間から太陽が顔を出すのを待つ。
尻尾がアルフの顔に当たってムズムズするのだろう。振り返るとアルフが寝返りをうっていた。日の光が稜線を超え、辺りを照らし始める。
……そろそろ良いだろう。
「おーい、アルフ起きろー移動するぞー。」
「……ふぁあ、朝かぁ。」
「おはよう、体は痛くないか?」
「ん? 大丈夫だよ。いつもと同じだし。」
「そ、そうか。」
地面を見ながらアルフは言う。筋肉痛を心配して聞いてみたんだが、地雷を踏みそうだったな……。話を逸らそう。
「明るくなったから、隣の村まで移動するぞ。歩きながらでも食っとけ。」
「おととっ、ありがとー。」
放り投げた果物をアルフが受け取り立ち上がる。寝起きだからか左によろけたが、まぁ寝起きだしな。嬉しそうに食べているアルフを引き連れ、分かれ道を右へ進む。轍が目印になるから、楽なものだ。
「森に入るから、離れるなよー?……ってアルフ?」
「こっちこっちー。」
何だ? アルフが道から外れた所で、しゃがんでいる。
近寄ってみると、タンポポのような青い花が咲いていた。向こうでは黄色だったソレは、茎の部分に小さなブツブツが付いている。
「これ、おいしいよ!」
「え、食べるのか?」
「そうだよー……はい!」
アルフが
生憎と、俺は見た目タンポポな花を喜んで食べたことなど無い。やんわりと食べなくても問題ない事を伝えると、アルフは見てわかる程度にしょんぼりしてしまった。すまんな。
「おいしいのに。」
サトウキビを噛むようにして、茎を味わうものらしい。口に含んだまま、しばらく噛んで味がしなくなるとポイっと捨てていた。駄菓子みたいなもの、なのかね。黒球に集めておいて貰おう。砂糖の代わりになるかもだ。
「あ、この木も食べられる実が
と、アルフは落ち着かない。この辺りは何度も来て、知っているのだそうだ。そんなに動き回ってて、昼まで持つのか……。
2時間ほどで少し開けた所を見つけた。案の定、アルフは疲れてヘロヘロになっていたが。野営をする際に馬車などを止めておくための十分なスペースがある。地面が焼け焦げた場所があり、近づくと暖かかった。昨晩、ここで野営をした者がいるのだろう。
「アルフ、休憩だ。」
「やっと休憩だぁ……。」
仰向けに寝転がるアルフを横目に、今朝方、仕留めた獣の肉を焼いてみる。2センチ厚で切った肉を黒球の上に敷く。バスケットボールに薄切り肉を張り付けたような状態だ。シュールだな……。
ジュウジュウと焼けていく肉から良い匂いが漂ってくる。ちゃっかり垂れた肉汁を黒球が吸っているようだが。肉汁は良いが、肉はダメだからな。アルフの噛んでいた花の茎を刻んで、ちりばめてみた。もし糖分があるなら、肉が柔らかくなるだろう。気持ち程度だが。こういう時に料理をしてこなかったツケを払わされる。もっと自炊しておけば良かったなぁ。
少し休んだアルフも俺の横で待機している。口を閉じろ……アゴまで垂れてるぞ。
惜しむらくは香辛料やソースがないことだ。付け合わせの野菜すらない。切り分けるナイフもフォークも無いが、その辺の木を削って代用しよう。
「ねぇ、ねぇ、食べて良い!?」
「お、おう。熱いからコレで刺して食え。」
「うん……おいひー!」
簡素な味付けだったはずなのだが、アルフには好評だった。何枚か食べたアルフは早々に昼寝の態勢だ。なんつーか、人生を謳歌してやがる。肉の匂いに釣られた獣を倒しつつ、俺も休憩する。
地面が
……ドゥン
分厚い扉を叩いたような音が聞こえ、周囲の木々が揺れた。揺れた。しかし地震では無さそうだ。揺れは1度だけだ。周囲を伺うが、飛び立った鳥以外の変化は無い。鳥たちは村とは逆方向に飛んで行った。
アルフを起こし、近くの木の後ろに隠れる。
「ねぇ、何があっ――」
アルフが言い終わる前に、森が大きく揺れた。余りの揺れに俺たちは転んでしまう。
「――おわぁ!」
「いたぁ! な、なにがぁ!」
頭上から枝や葉が落ちてくる。アルフは無事な様子なので、黒球に頭上の枝に
飛び乗った枝からは他の木が邪魔になり、村までは見通せなかった。少し登り、顔だけを出すと辺りを一望できた。……えーと、村は、あれだな。
「ん? あの動いている黒いのは何だ……?」
村の外柵部分が大きく破壊され、地面に大きな穴が開いている。この距離で視認できる穴って……相当デカイな。村の直上に漂うソレは滞空している。こっちに来たりしないよな……。そんな事を考えていると、アルフが俺を呼ぶ声が聞こえた。
「ねぇ、僕も木の上、見たいよー!」
「はぁ、はいはい。」
緊張感の欠片も無いな……。子どもに求める事自体、おかしな話だが。
俺は、とりあえず下に降りようと体の向きを変えた。全く警戒していなかった。距離があるから問題ないだろう、と安易に考えていた。
アルフが両目を見開き、固まっている。俺の方を見ている……いや、後ろか?
「へぇ、珍しいわね。小さいのに
聞いたことのない高い声だ。体がビクッと反応し、勢いよく振り返ってしまった。ただでさえ細い枝に乗っているにも関わらず。その
なぜか、やらかした時って時間がゆっくり流れる気がする……。
慌てるアルフの声が聞こえる。俺が踏み外した枝から少しずつ離れていく。まぁ、落ちているわけだ。俺に声をかけた女性は……っと、視界の
「え?」
「あらら、落ちちゃった……。」
1辺が50センチのサイコロのような立方体。濃度の薄い煙で出来ているのか、
複数の枝に当たり、思考が中断されてしまう。きりもみ状態の俺が地面に激突する直前、黒球が受け止める。……そうだよ、こいついるじゃん。助けろよ。枝で打った箇所が痛い。
「いてて、おいアルフ、大丈夫か?」
「うう、だいじょぶ……。」
アルフも助けようとしてくれたのだろうが、
見上げると、あの煙の塊がゆっくりと下降してくるところだった。少しずつ薄くなっていってる?
「……もう、それは要らないわね。」
「え?」
「ひっ!」
「……いちいち驚かれると、なんかムカつくわね。」
前後から
「そんな恰好で何の用だ?」
「……そんなって、変かしら。あまり恰好を気にしないのだけれど。」
「どう見ても戦闘後だろ。」
元女性は眉間に皺を寄せながら自身の恰好を確認している。アルフを後ろに下げ、じわじわと後退する。黒球が俺の真上で浮遊しているので、対処は可能だろう。アルフ、早く下がれ。
「……なんで逃げようとするわけ?」
「怪しすぎるだろ、お前。」
「……。」(怪しいとか言われた……。犬が私を……。)
「アルフ、早く下がれ!」
「後ろ無理だよ!」
「何言っ……。」
アルフに強く言うも、下がろうとしなかった。アルフの視線の先には、数匹の狼が
黒球にゴッソリと魔力を吸い出され、俺たちを囲うように球状の膜が形成された。視界が揺れ、立っていられなくなる。マジか、ここで動けなくなったら……。
「わぁぁ!」
「犬が、潰れないなんてね……。」
膜と何かが拮抗する音、アルフの悲鳴そして獣の断末魔が、やけに遠くで聞こえた。
———————————————
内容は思い出せないが夢を見た。気を失っていたのだろう。
目を開けると、木洩れ日の中で仰向けに寝かされていた。視界内に黒球が浮いている。真上に
「起きたわよ。」
「あー起きたー、痛いとこある?」
「何だ? この状況は……。」
女性が呼びかけると、少し離れた所にいたアルフがこちらに駆けてくる。女性の前に座り、俺を覗き込んでくる。土汚れなどが綺麗に無くなったようだ。洗ったのか……?
そもそも、この女性とアルフは知り合いなのだろうか。
「お、おい。アルフの知り合いか? この人。」
「驚くよねー、僕もビックリしたよ。」
「……悪かったわね、言い訳はしないわ。」
「まぁ、アルフが無事なら良い。……で、狼はどうしたんだ?」
アルフが言うには、襲い掛かる狼の群れを女性が吹き飛ばしたらしい。
さっきから俺の腹をずっと撫でているが飽きないのだろうか。俺と目が合うと、小首を傾げ微笑みをこぼした。手を止めるつもりは無いらしい。
「……寝ちゃった?」
「ほんとだ、疲れてたのかな。」
「もうすぐ昼になるけれど、どうするの? あなたたちは。」
「んー、朝たくさん食べたから大丈夫だよ、メイさんは?」
「人族みたいに食べる習慣は無いわ。魔力の多い所で休むくらいかしら。」
「へぇ、食べなくて良いなんてスゴイね!」
などと、俺の耳元で話し合う二人。女性の名前はメイなのかな。覚えておこう。
メイは縦穴に結構な魔力を吸われたらしい。何とか脱出し、魔力を補給しようとした時に黒球の魔力を感じ取って近づいたそうだ。俺の近くにいるだけで補給できてしまうと。……俺って魔力多いのかな。黒球に吸われ続けているから良く分からんが。
そんな事を考えていた俺の耳に不穏な発言が聞こえてきた。
「じゃあ……この子、持ち帰ろうかしら。」
……なんだと?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます