第21話

※ カミラ視点 ※


 黒い魔獣キツネが放物線を描きながらジタバタしている時、カミラわたしは露店で食材などを買い込み宿舎に戻ってきていた。

 外では他のギルドの調査が行われている。宿舎の入口の扉を開け、綺麗・・な玄関にため息をつく。数名の職員とすれ違いざまに挨拶あいさつを交わし、2階へ。


 エレナの前では、良い模範であり続けよう。


 静かに身形みなりを確認する。深呼吸をし、よしっと意気込み、ドアをノックしようとする。


「カミラも、もう少しなればなぁ。」

「あー、カミラさんは、いーっつもツンツンしてますからねー。」


 よし、二人とも教育しよう、そうしよう。特にリタ……私は優しいわよ!

 商業ギルドでも、ここでもみんな私が怖いみたいに言って……いつもいつもいつも!


 怒りすぎて無表情になったカミラは静かにドアを開けようとする。カミラから漏れ出すに押され、ドアはゆっくりと開いていく。

 中の二人がカミラを見ながら硬直していた。


「あら、ノックしようとしたのだけれど。」

「カ、カミラさん、お疲」

「エレナ?」

「れ、はひっ」

「目を閉じていなさい。」

「え?」

、と言ったわよ?」

「ひぃっ!」


――――――――

※ エレナ視点 ※


 エレナは両手で目を覆った。今のカミラさんは怒っている。絶対怒っている。

 無表情のカミラさんに逆らってはいけない、これが商業ギルドの裏ルール。『突風のヴァルデ』が唯一恐れる無表情のカミラさん……詳細は知らない。今までも何度か怒っているカミラさんは見たことがある。でも無表情のときはてして、私に目を閉じるように言うのだ。

 指の間から様子を伺うと脂汗の浮き出たリタさんがいた。

 ガタッとリタさんの立ち上がる音が聞こえる。

 リタさんに近づくカミラさんの足音だけが聞こえる。

 リタさんの前で止まったカミラさんはリタさんをように見えた。


「リタ、私はこんなに優しいのに、なぜ皆分かってくれないのかしらね?」

「……。」

「気絶するなんて、まだまだね……エレナ?」

「ひぃっ、み、みてません!」

「そう? 見てたらお仕置きよ?」


 改めて目を覆うエレナ。見てないアピールをするも、カミラにはバレているらしく。


「だったら、夕食は

「見てしまいました、ごめんなさいっ!」

「……リタを介抱してあげなさい。それが終わったら夕食にしましょう。」

「は、え?……あれ?」


 いつものカミラらしくない発言に困惑するエレナ。入口の扉が閉じる音で我に返り、部屋を見渡す。カミラさんは部屋を出たらしい。近くにリタさんが立っている他は、いつも通りの部屋。

 カミラさんの言いつけ通りにリタの介抱をするため、カミラさんのマネをする。


「コホン……リタ? 覚悟は良いわね?」

「はっ……ま、まてっカミラ……あれ?」

「おかえりなさい、リタさん?」

「あぁ、エレナか。はぁ……毎度の事だが、カミラに追いつける気がしないな。」

「あはは……カミラさんですからね。」


 私の声マネは完璧だと思う。カミラさんに何回怒られ、習得したかは聞かないで。

 落ち込むリタの肩に手を置き、お姉さんぶる。こういう時じゃないと言えないし。


「カミラさんは可愛いもので気を引いて、その隙を突くと良いですね!」

「そんなの何回試したと思ってるんだ?」

「えー? それじゃ、ヴァルデさんのコレクションから何か持ってくるしか……。」

「待て待て、そんなの持ってきたら、後が大変だろうが。」

「じゃあ、どうす」


 エレナがリタに食って掛かろうとした時、扉が勢いよく開く。

 エレナとリタは絶句する。


 入口に立つ黒いをまとったカミラを見たから。


「無駄口叩く暇があったら、さっさと食堂に行きなさい!」

「「はいー!」」


――――――――


 二人は我先にと、部屋から駆け出していく。

 二人を見送り、エレナの部屋の扉を閉めながらカミラは自問する。


「私も笑顔の練習をするべきかしら。」


 この時、たまたますれ違った職員が「カミラが悪魔に見えた」と怯えながらリーネに相談したのは、また別の話。


 カミラが宿舎の1階へ降りた時、外で結構な破裂音がする。昨日の今日だ。カミラは即座に意識を切り替える。

 ギルド職員用に改良された金属棒を取り出し、身構える。食堂の扉が開けられ、リタがカミラの横に並ぶ。遅れてゲホゲホとせながらエレナが歩いてくる。相変わらず緊張感の無い……とカミラは思ってしまう。


「カミラ、今のは。」

「不明、警戒を。エレナもよ。」

「えっと、風の……。」

「エレナ、待て。」


 エレナの相手はリタに任せ、カミラは宿舎入口扉を警戒する。外にいる人の話し声が聞こえてくる。


「おい、なんか落ちたぞ!」

「またかよ、最近多いな。……なんだあれ。」

「ん?……お、起き上がったぞ! って小さいな。」

「いたた……小っちゃい言うなー!」

「うぉ! 喋ったぞ、あの黒いの!」


 ……うん、キツネさんかしらね。後ろを見ると、エレナも同じ意見なのだろう。苦笑いだ。ため息をつき、一応は警戒をしながら入口扉を棒で開ける。わめいているキツネさんと住民たちが見える。


 間違いない。再度ため息をつき、金属棒をしまう。リタも何となく察したのだろう。警戒を解き、食堂へ戻っていく。エレナが見つめてくるので、行って良い意味を込めて一言だけ。


「あとはお願いね?」

「はーい。」


 さっさと夕食の用意をしてしまおうとカミラは食堂へ急ぐ。気が立っているのかもしれない。穴埋めなどは明日にして今日は早めに眠ろう、と現実逃避を決めるカミラだった。


 近所の住人へ向けわめいていた俺を抱えあげたエレナ。


「はーい、そこまでだよ。キツネさん。」

「何すん……ってエレナか。」

「夕食だから入ろうね?」

「あっ、ちょっ……むぅ。」

「それにしても結構な穴だったね?」

「あぁ、マジで死ぬかと思った。」

「マジ?」


 俺の言った単語が分からないみたいだが、無視する。あっという間に宿舎前に直撃・・したのだから。俺を追いかけて来た黒球が、地面との間に滑り込まなかったら大ケガは必至だった。ありがとうと言うべきかは微妙なところだ。原因はこいつなのだから。黒球をサンドバックにしながら少しだけ感謝を込めておく。エレナは俺が動くのでワタワタしながらも食堂へと歩いていく。

 俺とエレナが食堂に入ると、リタが席に着いていた。カミラが配膳のため机の周りを行き来している。俺たちに気づいたカミラさんが声をかけてくる。


「来たわね。エレナも食べて。」

「はーい。」

「おー、今日は肉料理だな。」

「もぐもぐ……あえ? カイヤひゃんあえないんえ? もぐもぐ。」(あれ?カミラさん食べないんで?)

「食べるか喋るかどちらかにしなさい、落ちてるじゃない。」

「えへへ、カミラさん?」

「何よ。」


 雰囲気の良い食卓だと思った。エレナの口元を拭うカミラさんは優しいお姉さんの顔だ。リタはリタでガツガツと食べている。気心の知れた者たちで囲む食事は良いものだろう。


 エレナの一言までは。


「カミラさん、優しいのに結婚できないんですか?」


 その瞬間、食堂はバシッと音を立てて凍り付いた。リタがせ、ゴホゴホと咳き込んでいる。カミラさんは額に青筋をたて、笑顔が引きつっている。エレナだけが分かっておらずキョロキョロする。俺と目が合うが、すまんエレナ。俺は目をゆっくりと逸らす。どう見てもエレナは地雷を踏み抜いたのだ。


「え?……あれ? どうしたの、みんな。」

「……そう、ごめんなさいねエレナ。行き遅れで。」

「あ……いや、そういう意味では。」 

「あら、どういう意味かしら?」

「え、えーっとぉ……。」


 静かに立ち上がったカミラさんと、せわしなく視線を彷徨さまよわせ必死に考えているエレナ。カミラさんの拳がエレナのこめかみにセットされる。あぁ、あれは痛いやつだ。俺は耳を抑えて身構える。


「エレナ? 私は、優しい、かしら?」

「あだだだだっ!」


 ちらりとリタを見ると、器用にも目を閉じて食べてやがる……。数秒で仕置きが終わり、エレナの撃沈を確認。こめかみからは煙が出ていた。安らかに眠れ……って死んでないけど。カミラさんも席に着き、ため息をつく。


「まったく。早く食べちゃって。」

「カミラさーん、ごめんなざーぃ。」

「ほら、片付けられないでしょ?」

「えぅえぅ。」

「もう、はい、口開けて。」

「もぐもぐ、えぅ、あーん。」


 カミラさんが愚図っているエレナの口元に、夕食を一口分近づけると超反応して食べていく。ひな鳥の餌付けみたいだな……。食べ終わったら口開けてるし。

 こうして見てると、親子……仲の良い姉妹のようだ。危ない危ない、考えただけなのにカミラさんが笑顔でこっちを見て来た……。今のエレナの顔は、色々とダメだな。


 夕食が終わり、リタは行く所があると言うので別れる。カミラさんが折りたたんだ皮紙を渡していた。いつ書いたのだろう。エレナは食べ終わってすぐに寝落ちしている。食べてすぐに眠ったら……なんだったか。

 カミラさんは皆の食べ終わった食器を洗っている、空中で。手元に水球を生み出し、洗って汚れた水球を外の木の根元に撃ち込んでいる。さすが異世界、ファンタジーだ。

 黒球に水球を出すように言うと、なぜか氷球を出してきた。解せぬ。カミラさんが言うには、氷を作ることができる人は重宝がられるのだそうだ。

 エレナを自室に寝かせると、


「私も寝るわ。あなたもご苦労様。エレナに、起きたら服と体を洗いなさいって言っておいて。」

「おう、おやすみー。」

「おやすみなさい。」


 カミラさんが静かに扉を閉めた後、寝返りをうつエレナを見ながら俺も尻尾を枕に丸くなる。

 片目を開け、黒球に綺麗にするように言う。エレナと俺、そして部屋全体・・・・が綺麗になったのを確認し目を閉じる。


 今日も色々な事があった。雑巾が飛んだり、砲弾のごとく射出されたり……ろくなことが無いな。もっと穏やかな日にしたいものだ。立て続けに事件も起きないだろうし。目の前で寝ているエレナに自衛手段があれば問題ないのだろうが、高望みだろう。カミラさんとの訓練を頑張ってもらうしかないな……。

 そう言えば、エレナは火を出そうと四苦八苦していた。建物内でも森の中でも、火は使いづらいのではなかろうか。カミラさんも飛散するとか言ってたしな。明日にでも図書棟で魔力関連の本を探してみよう。

 

「今日も月が出てるのか。」


 エレナの部屋に月明りが差し込む。雲に隠れていた月が出てきたのだろう。何とは無しに月明りに照らされている辺りに近寄る。確か俺の体が黒くなった時は、こうやって月明かりを浴びていたんだったか。

 月明りを浴びている部分がほのかに暖かい。不思議なものだ。元の世界では月明りを暖かく感じることなど無かった。

 月を見上げたまま目をつぶり、静かな夜を満喫する。体から燐光が漏れ始め背中側に流れていることに俺は気づいていない。


 そんな静寂を破ったのは、黒球の甲高い音と外から聞こえてきた怒声だった。

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