第20話 SS19

 リタは職員用宿舎の階段を駆け、エレナの部屋の前に着いた。カミラは外へ出たようだ。


 「クソっ……。」


 カミラの前では平然を装ったが、自分が情けないっ。自然とりきんでしまう拳、みしめたため顔が強張こわばるのを止められない。

 被害は軽微・・だった。たった数分で兵士2名が死亡、自らも突破され危うく保護対象のエレナまで……。カミラの時間稼ぎと襲撃犯の突然の死亡により、エレナは無事だった。慢心していたわけではない。日々の鍛錬も怠ったことはない。準備も体調も万全だった。しかし、抜かれた。


 敵を、止められなかった。


「……いかん、いかん。今はエレナだ。」


 深呼吸し、顔だけは落ち着ける。血のにじんだ手のひらを布切れでぬぐい、燃やす。カミラ程ではなくとも、リタも火を扱える。とは言え肉料理に使った油で匂いを上書きしておく。これでエレナの鼻はだませるだろう。ドアをノックしドアを静かに開ける。


「エレナ……寝てるな。」


 我らがは、ご就寝だ。中に入り、後ろ手にドアを閉める。

 ベッドで眠るエレナを見る。破裂音などでも起きないとは……図太いと言うか、何と言うか。


「ふぅ、考え事が増えたなぁ……私も。」


 あまりにも無邪気な寝顔に思わずつぶやいてしまった。そのつぶやきでエレナを起こしてしまったようだ。寝ぼけまなこのエレナを少し待ち、話しかける。


「起きたかい? エレナ?」

「んー……え、リタさん?」

「いつまで寝てるんだ、飯抜きだぞ?」

「ダメです、でもどうしてここに?」

「カミラに頼まれてな。」

「そうなんですか、カミラさんはギルドに行ったんですか?……あれ?キツネさん……。」

「エレナ、少し聞きたいことがある。」


 部屋を見渡し、疑問を口にするエレナに聞いておきたいことがある。あの黒い魔獣は、つい先日エレナと受付にいた記憶がある。未発見の種だと思われる。そのため、ここ数日の監視によって意思疎通や敵性行為の有無を記録され、今回の配置にも少なからず影響が出ていた。


「キツネはどこから来たか、を言っていたか?」

「言ってないですよ。森を通ってきたみたいですけど。」

「そうか。カミラと一緒に行ったから、しばらくしたら帰ってくるだろう。」

「そうですか。リタさんはどこか行く所が?」

「いや、特には無いな……来たか。」

「何……って、石?」


 窓のへりに折りたたまれた皮紙、そして皮紙の上には石が置かれている。仲間からの報告だ。

 リタは窓に近づき、素早く皮紙の内容を把握する。眉間にしわが寄ったのが分かる。


「犯人の所有奴隷殺害、か。」


 エレナには聞こえないようにしているため、動かないリタにエレナが疑問を口にする。表情を戻し、エレナに向き直る。


「何かあったんですか?」

「ん? いや、大したことじゃない。」

「……私、バカですけど。」

「ん?」

「バカですけど、何かあったことは分かりますよ。」

「……確かにあったんだが、私からは言えないな。」

「……。」

「そんな頬を膨らませてもダメだ。」

「カミラさんもリタさんも、いつも何も言ってくれません。」

「まぁ、そうだろうな。」


 言えるわけがない、とリタは胸中で毒づく。今日だけで5人。お前を守るために死んだ、などと。

 俯いているエレナを尻目に、リタは窓の外を見る。守ることが難しくなっている事を嚙みしめながら。


 娘を……おねがいっ……。


「……なんか外が騒がしいですね。」

「今は見ないでくれ。」

「……はい。」

「すまんな。」


 エレナが保護されてから今まで、長い付き合いだ。今のような雰囲気の時は、お腹一杯食べさせ、切替させてきた。今回もカミラが大量に買ってくるのだろう。しばらくの我慢だ。


「……大丈夫です。皆に頼られるように頑張らないとですね!」

「……。」


 この子はこんな事を言う子だっただろうか。ここ数日で何か……。


 そんなことを考えてしまい、返答にきゅうした。答えないリタを不思議がり、エレナがリタの顔を覗き込む。


「リタさん?」

「ふー……エレナに頼るくらいなら、あのキツネ君を頼るよ。」

「あーっ、ひどいんだー!」

「まともな判断だと言え。」

「むむ、頑張りますからね!」

「ほぉ、言うようになったもんだな。」


 妙なやる気に満ちているエレナをいじりつつ、カミラを待つ。リタは頭の片隅で考える。あのキツネ君がエレナに良い影響を与えているのは明らかだ。

 いつもどこかで失敗していたエレナ。本人の努力は認めるのだが、結果には結びつかなかった。ほんの少しずつしか成長しない、とカミラも判断していた。

 それがどうだろう。キツネ君が現れてからここ数日は失敗がほとんどなく、それどころか倉庫荒らしの関係者を捕まえたのだ。まともに訓練すらしていないエレナが。


「キツネ君……だな?」

「はい? キツネさんがどうかしたんですか?」

「いや、可愛いなと思ってな。」

「毛並みがサラサラで良いんですよ。なんかヒンヤリしてるし。」

「カミラも、もう少し丸くなればなぁ。」

「あー、カミラさんは、いーーっつもツンツンしてますからねー。」

「だな。」

「でしょ?」


 その時、2人の笑い声が漏れる入口の扉の向こうには、カミラが無表情で立っていた。商業ギルドにいたリーネでさえ背筋が凍るほどの寒気を覚えたとかなんとか。


 そして、夕食時。


「どうしたんだ、エレナ……痛そうだが。」

「ううー、カミラさんがー、カミラさんがー。」

「自業自得です。私は優しい・・・から、明日の訓練は倍にしてあげるわ!」

「ううー、カミラさーん、ごめんなざーぃ。」

「……はぁ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る