第17話
エレナの部屋に戻ってきた俺たち。エレナは机に座り、カミラさんから渡された課題に取り掛かる。課題の内容は文字の練習や算数、街の歴史などのギルド員が知っているべきものだ。エレナは見習いだ。一人前になるためには、当然覚えるべきものなのだ。リーネもしくはカミラさんに添削してもらうらしい。この世界には学校と呼べるものが無いので、学のある者に教えを
ままあるそうだ。エレナは勉強できる環境にいるだけマシなのだろう。
「じゃあ、さっさと終わらせないとな?」
「うん、がんばる。」
エレナの勉強を邪魔してはいけないだろう。俺はベッドの上で丸くなり
エレナが勉強を始めてすぐに、エレナは皮紙の上に
俺は机の上に飛び乗り、エレナの頭の横まで近づく。
「どうしたんだ?」
「……わかんないから休憩してるの。」
「算数か?」
「……うん。」
「俺が教えようにも文字が読めないからなぁ。」
「その言い方だと、読めれば教えられるって意味に聞こえるよ?」
「まぁ、内容にもよるだろうけど。」
エレナが眠そうな目で
「次の問いに答えなさい。露店の申請が200件あり、その
「89件だな。」
「え……なんでそんなすぐ答えが分かるの……?」
「暗算って言って頭の中で計算する計算方法だ。3ケタくらいの計算ならすぐできるだろ。」
「……。」
「……分かった。算数教えるからそんな泣きそうな顔するなって。」
涙目のエレナに
「えへへ。」
「何で腹が鳴るんだ……結構
「勉強してたら、お腹減っちゃって。」
「マジか……。」
俺がエレナの食欲に呆れていると、ドアがノックされる。
「おーい、エレナー。あーけーてー?」
「あっ!リーネだ、今開けるよ。」
「ういしょっと……ほい、買ってきたよー?」
「丁度欲しかったんだよーありがと。リーネも食べる?」
「私はギルドに行くから、エレナたちで食べてー。」
「そうなんだ、リーネ、これ、課題終わったからカミラさんにお願い。」
「……え?もう終わったの?いつもカミラと遅くまでやってるのに?」
「……わ、私もやるときは」
「キツネさんに?」
「ぐっ……。」
「教えてもらったり?」
「あぅ……。」
「くんくん……この匂いは……果物も貰ったり?」
「……その通りです。」
リーネの口撃にやられ、椅子の上で小さくなっているエレナ。落ち込んでいても食べるのか……。リーネはエレナが渡した課題を確認して驚いている。
「すごいねーエレナー。カミラが来るまで休んでて良いよー。」
「もぐもぐ。」
「……カミラにも何か買ってこさせようかー。」
「もぐもぐ!」
「キツネさんも、エレナの勉強見てくれてありがとー。」
俺が尻尾を振って答えると、リーネはギルドへ出発した。エレナは食べながら愚痴を言っている。
食べ終わるのを見計らい聞いてみる。
「少しは落ち着いたか?」
「うん、落ち込んでても仕方ないし。」
「できるようになったんだから前向きにな。」
「……がんばる。」
しばらくの間、じゃれあっていると再びドアがノックされ、カミラさんが入ってくる。その時、
「エレナ、課題終わったみたいね。」
「はい!」
「せっかく買ってきたけれど、要らなくなっちゃったわね。」
「要りますっ! 食べますっ! 任せてくださいっ!」
「そ、そう? 今日は一段と押しが強いわね……。」
「……。」
「さっきリーネにちょっとな。」
カミラさんから顔を背け、椅子に座るエレナ。カミラさんがエレナの後ろに立ち、エレナの肩に手を置く。
「エレナ、よく頑張ったわね。」
「キツネさんに教えてもらって、やっと、できました。」
「いいじゃない。計算できるようになったんでしょ?」
「そうですけど……。」
「課題をこなして、苦手なところもできるようになった。成長してるじゃない。」
「……カミラさんみたいに、一人で、できるようになりたいんです。」
「エレナ、一人で何もかもする必要はないのよ? 今は困ったら頼りなさい、でも任せてばかりはダメよ? できる事をこれからも増やし続けなさい。」
「……はい。」
「私は、あなたの目標であり続けるわ。追いかけてきなさい。」
「はい、追いついてみせます。……がんばります。」
「じゃあ、これ、食べてしまいましょうか。」
完全に蚊帳の外な俺。二人の雰囲気を壊すのもアレなので、黙って見守る。エレナの目標はカミラさんのようだ。計算以外の課題はすんなりと解けていた。知識面は問題なさそうなのだが。
しばらくして食べ終わったエレナは、少し眠そうだ。目がトロンとしている。
「あら、眠くなったなら寝て良いわよ?」
「……はい。」
ベッドで横になるエレナの髪を、後ろに流してあげているカミラさん。エレナがカミラさんの手を見ながら言う。
「カミラさん、手を握ってください。」
「一人前はどこへ行ったのかしら。」
「えへへ……そう言いながらも、手を握ってくれるカミラさんが大好きです。」
「はいはい、寝なさい。」
「はーい。」
幸せそうに眠るエレナをなだめるカミラさんの表情は、穏やかで優しいものだった。
数分後、幸せそうに眠るエレナの口元に数枚の布を置き、カミラさんが立ち上がる。無言のまま窓の施錠を確認し、俺を抱き上げ廊下に出た。真剣な顔で俺を見るカミラさんに何も言えずにいると、カミラさんは声を落として聞いてきた。
「キツネさん、今日は何かあったかしら?」
「……何かって何だ?朝からこの建物内にいただけだぞ。」
「そう。何も無ければ良いわ。」
「そっちは何かあったんだろ?錆みたいな匂いがするぞ。」
「……分かるのね。エレナには言わないでね。」
「……もしかして、エレナ関連なのか?」
「ごめんなさい、今は言えないの。」
「寝ているエレナを一人にして良いのか?」
「宿舎の周りは大丈夫……とも言い難いわね。」
俺も声量を落として返答した。カミラさんが言葉を選びながら教えてくれた。
午前中に、ひと悶着あったらしい。その際、手違いでエレナに危険が及んでいるようだ。カミラさんの匂いは、その時についたらしい。エレナは大丈夫だろうか……。ドアの向こうのエレナを見つめる俺をカミラさんは優しく撫でた。
「窓の向こうにリタが待機しているから、私は建物内でエレナのお守り。」
「リタって強いのか?」
「おそらく対人戦では……ここ5年近く負けたことが無いんじゃないかしら。」
「おー、強そうだな。下手にからかわないようにしよう。」
「ふふ、そうね。気づいたら狩られているかもね?」
「うへぇ、怖い怖い。」
「とりあえず……。」
と、呟いたカミラさんの雰囲気が一変した。カミラさんが俺から手を放し、構えを取った。俺の目の前で小さなナイフが薄い膜に阻まれる。黒球の自動防御が働いたようだ。赤い矢印が3つ、ナイフの奥を指している。俺はいまいち状況が
床に打ち付けられる手前で、黒球に包まれる。ナイフがどこから飛んできたのか、全く見えていなかった。床に落ちたナイフを視界に入れつつ、下り階段の方を見る。誰もいない。足音も何も聞こえない。矢印は動いていない。
後ろを見ると、カミラさんが構えたまま、視線だけを巡らせていた。足元に投げナイフが落ちているので、上手に対処したのだろう。
「何が起こってるんだ?攻撃された?」
「敵よ。」
「え?敵って、え?」
「誤算だわ……。」
敵か……敵なんだな。敵だ。反芻して集中した。攻撃されたのだ。倒すべき敵だ。カミラさんの発言は……今は無視しよう。森での攻撃のように周りを気にする必要がない。さっさと倒そう。
「3体だ、撃て。」
いつもの高音の後に、水風船が割れるような音が大小3回聞こえた。手前の矢印が消え、残りは2つ。
矢印が動き始める。距離は分からないが、方向は分かっているんだ。逃がすか。
「2つ、さっさと倒せ。」
階段下と、おそらく外で同時に爆発音がした。矢印が一つ減った。残りの一つは階段下を指している。
俺は慎重に階段手前まで近づくと、階下から
「動けないようにしろ。」
「……。」
高音が鳴ったので拘束したのだろう。チラっと後ろを見ると、呆然としているカミラさんがいた。呼びかけると構えを解き、俺の近くまで来る。警戒はしているようで、手には小さな棒を持っていた。20センチほどの金属棒のようだ。文字のような
「えっと……終わったのかしら? 気配が弱弱しくなったけれど。」
「終わったと思うぞ? 階段下に1匹いるだけだ。外の奴は倒したと思うぞ。」
「……本当に?」
「見に行けば分かるさ。」
俺たちがゆっくりと階段を下りていくと、階段途中の折り返しで入口付近の惨状が目に入ってきた。
壁や床に飛び散る肉片と赤黒い血。俺がした事なのに、何とも思わない。血だまりで
20歳くらいの黒髪男性だった。少なくとも商業ギルドや兵士の服装ではない。街の住民が着ているだろう安物の服だ。今はボロボロだが。両足とも股から下がない。切断面に血が溜まり内部は見えない。……見えても困るんだが。おそらく黒球によって何かで覆われているのだろう。すぐ傍に吹き飛ばした足が転がっている。入口から出ようとしたのだろう。扉が少し開いていた。
うめき声をあげた敵を見ると、俺を見る目が
「どうした?こいつに聞くことがあるんじゃないか?」
「え、ええ……。まともに話せるのかしら……。」
黒球に自白させるように言うと、虫の息の男は無理やり上体を起こされ叫び出す。
数秒叫んだ男は、急に静かになり経緯を話し始めた。目があらぬ方向を向いている。黒球よ、何をした……。
カミラさんも男が急に話し始めたため、慌ててメモを取っている。
俺は慌てるカミラさんってのも珍しいな、などと場違いな事を考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます