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しろもじ

第1話 AI搭載人型ロボットがやってきた



「藤田、お前何考えてんだっ!? 今月どーするつもりなんだっ!?」


 課長の怒鳴り声が営業所の中に響き渡る。

 課長は営業所の中でも、いや、全社の中でも近年まれに見るほどの営業成績で、三十歳手前で既に課長のポストを手に入れ、近いうちには部長補佐も、という話さえ出てきているらしい。


 そんな有能な人間だが、というか、だからと言うべきか、部下に対しての要求も厳しい。ごもっともな要求も中にはあるが、ほとんどのものは理不尽としか言いようのないものばかりで、僕を含めて周りからの評価はイマイチだった。


一流のスポーツ選手が一流の監督になれるわけではないように、一流のビジネスマンが一流の上司というわけでもないというわけだ。


 そして怒鳴られているのは僕、藤田桂太郎。「冴えない」と言われると自分でも傷つくけど、課長などと比べると平凡な普通のサラリーマンだ。業界四位の菓子メーカーに勤め始めて早三年。


 何人かの後輩もできて、もう新人扱いをされる歳でもなく、こんな感じで今月の営業成績について、課長にお説教されているところだ。


 でも、そう言われても、僕は僕なりに精一杯頑張っているわけで、成績が伸びないのを僕だけのせいにされるのは、ちょっと納得がいかない。


 だいたい業界四位って地味過ぎるだろ? 「圧倒的なシェアを誇る業界一位」とか「一位を猛烈に追い上げる業界二位」なら、まだ誇れる部分はあるけど、万年四位って良いイメージも悪いイメージもない。なんとなーく中途半端な感じだ。


 入社当時の社内の雰囲気も四位らしく、ピリピリしたムードもなく、どちらかというと牧歌的な感じと言ったらいいのだろうか、ゆったりとした雰囲気だった。


 そんなわけで、入社以来同業他社に比べ、比較的穏やかにサラリーマン人生を歩んできたわけだけど、ここにきて経営陣が「三年以内に業界三位を奪取! 十年以内には業界トップを狙える位置に!!」なんてことを口にし出した。


 それに同調した課長のような人が管理職に就き始め、会社の雰囲気は変わってきている。


 業績至上主義。数字が全て。


 ストレスなんて感じたことは今まであまりなかったけれど、流石にここ最近の雰囲気に飲まれて、少し気分が落ち込むことも多くなった。


 今まさにそんな感じなんだが。

 

 そんな僕の唯一の楽しみといえば、取引先を訪問し、先方の担当者との会話を楽しむことだ。中には凄く嫌な奴もいるが、ほとんどの人は懇意に接してくれるので、ぶっちゃけ会社よりも居心地が良かったりもする。


 中でも一番のお気に入りが、地元直結のスーパーマーケット「エクセレントマート」だ。店長の鈴木さんはちょっと怖い人だけど、菓子コーナーの吉田さんは僕より少しだけ人生の先輩で、色々相談にも乗ってもらったりしている。


 会社は違えど、ちょっと頼りになる先輩って感じの人だ。


 今日はルート営業に行く日ではなかったけど、午後辺りになんとか時間をつくってエクセレントマートへ行こう。ようやく課長のお小言から開放された僕はそう決めた。


 愚痴をこぼしに行くだけじゃない。吉田さんの愚痴だって聞いてあげるのだ。それに売り場だって多少は贔屓してもらっているし、こちらからはPOPや粗品などを通常よりも多く渡している。


 これこそが課長が良く言っている、Win-Winの関係じゃないか。


 なんて言い訳がましいことを考えながら、僕は営業先へと向かう。午前中に予定のほとんどを済ませて、簡単に昼食を済ませると営業車に乗って一路エクセレントマートへ。


 午前中猛烈に働いたという充実感からか、いつもより足取りも軽く、颯爽とエクセレントマートに到着した。


「こんにちわ!」


 軽く売り場をチェックしてから、従業員用の扉を開いて元気よく挨拶する。元気が良いってのは良いことだ。問題は全ての取引先や、会社の中でもそうあれば……と思うけど、この際気にしない。


 担当者の詰め所を覗くと、吉田さんが椅子に座って何やらパンフレットのようなものを見ていた。


「おはようございます、吉田さん」

「お! 桂太郎ちゃん、おはよう」


 このスーパーでは、朝でも昼でも夜でも挨拶は「おはようございます」が基本らしい。変な会社だ。


 吉田さんは笑顔で迎えてくれたが、どこかいつもと違う気がする。少し元気がないような気が……。


「吉田さん、どこか調子が悪いんですか?」


 吉田さんは少し驚いたような顔をして「桂太郎ちゃんとこの新作のクッキーの売れ行きが悪くってさ」とおどけた調子で答えた。これがいつもの吉田さんだ。


 僕も「止めて下さいよぉ」と笑いながら返した。まぁ確かにアレの売れ行きは微妙なのだが。


「ま、本当のところは、コレよコレ」


 吉田さんは手に持っていたパンフレットをヒラヒラさせた。覗き込むと、それは自立型AIロボットのパンフレットだった。


「最近流行ってるじゃない? ウチでもレジなんかに数体導入しているんだけど、結構評判が良いんだよね」

「お客さんにですか?」

「上に、だよ」


 そう言って笑う吉田さんの笑顔が、またさっきみたいに少しだけ曇る。吉田さんの言うように、最近AIを搭載した人型の業務用ロボットが人気だ。スーパーなどのお店は慢性的な人手不足になっていて、文句も言わず、休憩も要らず、安定した労働力が確保できるということで、どのお店もこぞって導入し始めている。


「最新のやつは、なんでも学習機能が強化されて、レジのような決まった作業だけじゃなくって、人間じゃないと難しいと言われている仕事でもできるヤツが出てるらしいぞ」

「あぁ、そう言えば、この間ニュースで『高校教師にAIロボットが登場』とか言ってましたね」

「そうそう、まだデモンストレーションみたいなものらしいけどね。スゴイよね〜」


 吉田さんは、はぁと小さくため息をつく。僕はそれに苦笑いで答える。


 小一時間ほど吉田さんと楽しい会話を続けて(半分以上は僕の愚痴だったけど)、菓子売り場に向かい商品陳列を手伝う。会社に戻っての報告書作りに苦労するので、多少は仕事もしておかないと。


 菓子売り場は、業界首位のメーカーの商品で溢れかえっていた。定番商品、季節商品、新作商品。それに混じってウチの商品もポツリポツリと置かれている。


 もう少し置かせてくれたらなぁ、と思いながらも、僕は営業車から持ってきたPOPを商品棚に取り付けていった。隣に置いてあった業界二位メーカーのお菓子がちょうど減っていたので、二列になっていたそれをこっそり一列に並べ替えて、自社の商品を二列に並べ替えた。


 ごめんね。でも、みんなやってることだから。


 言い訳にもならない言い訳だけど、でもまぁ、よくあることだ。それでもゴールデンゾーンと呼ばれる、ちょうど手に取りやすい高さにある棚には手が出せない。


 そこは首位メーカーの独壇場だからだ。いくら僕が吉田さんと仲良くやっているからと言って、ここに商品を置かせてもらうのは難しい。


 羨望の眼差しで、キレイに陳列されているポテトチップスを眺めながら、仕事を終えて店を出ると、もう夕方前だった。


「う〜、寒いっ!」


 日中でも少し肌寒い季節になってきて、外は既に暗くなり始めていた。僕は営業車に乗り込むと、二つ別の店を回ってから会社に帰ってきた。


 営業所の駐車場に車を止め、荷物を降ろしていると先輩社員の田村さんが、ダンボールを抱えてこちらにトボトボと歩いてきた。


「お疲れ様ッス、田村さん」

 

 田村さんは営業スタッフの中でもムードメーカーのような存在だ。いつもニコニコしていて、怒っているところなんか見たことがない。


 今の課長に変わる前、営業所がまだアットホームな雰囲気だった頃は、飲み会などになれば田村さんが中心になって盛り上がっていたものだ。


 今でも飲み会は時々あるが、仕事の反省会の場になってしまって、出席する側からすれば苦痛でしかなくなったが、昔は飲み会と聞くと、嬉しくてしょうがなかったものだ。


 田村さんはゆっくりと僕の近くに近づいてきて「おぉ、藤田かぁ」とつぶやくように言う。声に覇気がないし、瞳は死んだ魚のようだ。


「どうしたんスか?」


 田村さんは両手に抱えたダンボール箱に視線を落とすと、少しだけ笑って「今まで世話になったな」とだけ言って、そのまま自分の車に乗り込んでしまった。


 僕は意味が分からず、首を傾げながら営業所へと戻った。


「ただ今帰りましたー!」


 空元気で挨拶をしたが、営業所の中の空気はまるで真冬のように凍っていて、誰も返事をする人はいかなった。意味が分からないまま自分の席に付くと、隣に座っている同期の吉永に「どうしたんだ?」と訊いた。


「田村さんが……今さっきクビになったんだよ」


 怯えたような目で吉永が言う。


 クビに? なんで?

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