第29話 各国の思惑(9)

 会議はそれで一旦の終幕となった。


 流石に教皇の威厳も何もあったものではない。

 議会の中心人物の精神状態を思えば、これ以上の進行は不可能であった。


 こんな会議は今まであっただろうか、と、退席する者たちが口々に呟く中、俺は、修道士達に拘束されて、大人しくその場を立ち去るコランタンを眺めていた。


「元宰相どのも何をトチ狂ったか。教皇に歯向かうとはね。まぁ、それくらいのことは、しそうなタマだったが」


「あのコランタンが白金の魔女に手を貸したという話。あれは本当なのか。だとしたら、これは国際問題だぞ」


 少なくともネデルの奴らは黙っちゃいないだろうな。


 あの国は、ローランにもコランタンにも度々煮え湯を飲まされている。

 ただでさえ、先総督マウリッツの死については、この男が裏で手を引いていたのではないかと言われているのだ。


 マウリッツの弟にしてネデルの獅子、フレデリックも、俺達と同じように、コランタンが連行されていくさまを黙って見ていた。

 扉の向こうへと消えていくコランタン。


 残されたローランの連中はといえば、相変わらずの様子だ。

 アルマンの奴は妙に落ち着いた様子でそれを見送り、フランクも、のほほんとした穏やかな顔つきでそれを眺めていた。


 もう少し、慌てふためいてもいいだろうに。

 自分の所属する組織の最高幹部が、互いに睨み合っているのだぞ。

 本当に、ボケた神父たちだ。


 正直、コランタンのやつが、直接何かをした訳ではない。

 奴は真っ当に教皇の問に答えただけで、それに、教皇が不必要に反応したのが、そもそもとして話の筋だ。


 実際、その眼、と、指摘されたコランタンの能力は――ついぞ、誰に向かっても使われることはなかった。


 これでは、教皇がいちゃもんをつけているのと変わらない。

 事実、それで、彼が死にでもすれば話は変わっていただろうが。

 確たる証拠がないのだ。


 なにもせずとも、遅くとも夕刻までに、コランタンは解放されることだろう。


「しかしなんだな、結局、場所を変えた意味がわからなかったな」


「気まぐれか。はたまた、いつものケレン味が効いたハッタリか。なんにせよ、あのようなもうろく爺を相手に、どこの国も度胸のないことで困るよ」


 アヴァロンの将兵であれば、あのような脅しには屈しない、と、隣の魔法文官が席を立つ。イスパルもそうだと乗じるように、左隣りの暗殺者も立ち上がった。


 どちらもすっかりと、自分たちの身分を隠すということを忘れているようだ。


 まぁ、これまでのやり取りで、自分たちの素性など隠す意味はなくなっている。

 中央席の連中に見破られていなければ、俺はそれでいい。


 しかしな、一旦、魔法部隊のメンバーで集まった方が良いだろうか。

 いささか予想外んおことが起きすぎた。


 いや、俺は過去のこともあってどうしても他国の間者から睨まれてしまう。

 せっかくこうしてバラけて議場に入っているのだ、変に接触して、周りに仲間の存在をしらしめる必要もないだろう。


「じゃあなエッボ。縁があったら夜のマスカレードでも会おうや」


 帝国との提携は破談になったが、ただ、共通の敵を持っているのは間違いない。

 今後、協力しないとも限らないのだ、他の何も言わずに立ち去った二人のこともある、一応俺は後ろに居るエッボの奴に声をかけた。


「んだと」


 だが、エッボから帰ってきたのは拒絶でも肯定でもない、予想外の言葉だった。


 思わずその場に立ち止まった俺の横でエッボは膝に手を当てて、青筋を額に走らせていた。その腕で隠された向こうに、怒りに歪んでいる彼の顔が透けて見える。


 何があったのか。


 と、その時。


「おい、アンタ、どうしたんだ」


 町で商人が発したような張りのある声が議場の端に響いた。


 もうすっかりと人がはけてしまった二階の一般席。

 前のめりになって、首を自分の股の間に落としこむようにしている男の姿がそこにはあった。


 意識がないのは見れば分かる。

 酔いつぶれた、という感じではない。

 そもそも神聖な会議のさなかに、酒など飲めるものでもない。


 ぐったりとしたそいつの肩を揺するのは、その、声を上げたであろう商人風の男。

 暫く揺すっている内に、起きるか、と、思ったのもつかの間、体勢を崩したその前のめりに座っている男は、そのまま横を向いて倒れると、石造りの床に頭をしたたかにぶつけた。


 普通なら、それで起きるはずだ。

 おかしいと、すぐに、その肩を揺すっていた男は気がついた。


 同時に、俺たちも。


「なんだよおい。まさか、人死が出たのかよ」


 コランタンのさっきのやり取りですぐにこれか。幾らなんでも間が悪い話だ。


「ラルフだ」


 それは聞いた名前だった。

 そしてそれは、俺の隣で青い顔をしている帝国の間者が口にした言葉でもあった。


 ラルフ・ヴェルツェル。

 ローラン王国の両替商。


 今回の事件で、コランタンに狙われている男。

 俺たちが、どうしても、守らなくてはいけなかった、ローラン王国に潜入していた帝国の間者。


 それが、あの冷たい表情をして、床に横たわっている男だと言うのだろうか。


「おい、冗談はよせよ。そんな話があってたまるか」


「こっちだって信じたくはない。馬鹿な。まさか、コランタンの眼は、本当に」


 エッボの言葉に俺は、はっと気がついた。


 コランタンが座った席。

 ユラン王国が会議に欠席した為に、急遽空席となったその場所は、件のターゲット、ラルフが倒れている位置と、教皇席を挟んでちょうど正面にあった。


 あの時、コランタンは教皇を見るふりをして、奴はラルフの方を見ていたのだ。


「お前ら、ラルフがここに座ったことは?」


「把握していた。けれど、まさか、本当にコランタンの奴が魔法を使うなんて」


 コランタンの眼については、俺からヒルデとリヒャルトに伝えてある。

 協力の交渉がミアの死によりご破談になったとはいえ、その情報は当然として、帝国側へは伝わっていたはずだ。


 どうしてそんな状況で、正面にラルフを座らせるようなことをしたのか。俺の言葉を信じていれば、むざむざ彼が死ぬこともなかっただろうに。


「……くそっ!!」


 今更それをエッボに言ったところでどうなるものでもない。

 しかし、悔しさを濁す方法もわからず、俺は腹立ち紛れに地団太を踏んだ。

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