第22話 各国の思惑(2)

 と言わない所が鍵だろう。


 教皇もまた有力司教達の中から推薦で選ばれる存在である。

 有力とは、すなわちそれだけその人の後ろ盾となる勢力があるということ。


 それは教会権力の外にあることもしばしばだ。


「現教皇は海猫派の首座だったよな」


「あぁ」


「後ろ盾っていうと、やはり海運系か?」


「誰が裏で糸を引いているかまでは分からんかったよ。まぁ、奴の地元は遠征騎士団で有名な場所だからな、そいつらが絡んでいる可能性もある」


「なんにせよ旨の薄い話に思えるな」


「ただ、お前を襲ったディートフリート、アイツが、教皇の命でもって、帝国側の間者に牽制をかけたのは間違いない。俺達公国側にもだ」


 教皇直属の命か。


 そうでもなければ異端審問官が、外回りなんて野暮ったい仕事をする訳もない。

 フリッツの言い分は確かに筋が通っている。


 確かなのかとフリッツに尋ねると、彼は上等な食事用の銀ナイフを取り出した。


 取っ手の部分には教会の印が入っている。

 こういう手の込んだ日常品を教会の本部でもないのに持ち歩いているのは、まぁ、教皇あるいはその身辺に近い者たちだけだろう。


 そんな奴らから言質にと貰ってきたのか。

 あるいは忍び込んで情報を得てきた証拠とでもいうことだろうか。


 なんにしても、何の確証もなく言っている与太話ではないことはそれで分かった。

 まぁ、仲間をはめるようなことをして、どうなるんだという話だが。


「英雄マルクの率いる部隊に妨害工作とは、いい神経をしているねぇ」


「まぁ、とうのマルクはローランに勾留されてるからな、万に一つも異端審問官が遅れをとることはねえと踏んだんだろう。それで仕掛けた相手が偶然にもお前だったってのが皮肉よな」


 げっへっへと意地悪く笑うフリッツ。


「不死人が一人じゃないという所までは、奴らも想像していなかったんだろうが」


 不死身のマルクの名は広く世間に知られている。

 だが、それを隠れ蓑にしてというべきか――俺たちの存在はあまり他国には知られていない。


 まさか同じ国、それも同じ部隊に、不死人が複数居るとは思うまいて。


 だが、一つ手を間違えば、リヒャルトが襲われていたということ。

 それを考えるとゾッとする。


 あの人が良いばかりが取り柄の男だ。

 ミアよりも先にその首が転がっていてもおかしくないだろう。


 なんにしても。


「教皇まで敵に回したとなるといよいよ厄介だな。それこそ、帝国側と連携が取れないのは痛い話だ」


「まぁ、なんとかするしかあるめえよ。元より俺達も他国と協力なんてできない体で来てるんだ。孤軍奮闘なんてのは俺らの得意とするところだろう」


「それにしたってどういう理由だ。コランタンと協力関係にあるにしちゃ、いきなり異端審問官なんて大仰な奴を出してきやがる。もっと慎重に動くと思うが」


「そこんところは、今日からの会議で何か含むところが分かるだろうよ」


 それよりもだ。

 前置いたフリッツはおもむろに眼帯をしている左目を抑えた。


「ヒルデの奴から聞いたぜ。コランタンが、ひと睨みでお前を殺してみせたって」


「あぁ、そのことか」


「どういう呪いだ。誰が施した。瞳の紋様は。何か覚えていないのか」


 掴みかかるような勢いで俺にまくしたててくるフリッツ。

 そんな風に、こいつが俺にモノを訪ねてくるのは、いささか初めてなものだから、思わずたじろいだ。


 こちらが聞きたいくらいだよ、と、俺は一呼吸おいて返す。


 そうか、と、あっさりとフリッツは引っ込んだ。

 だが、相変わらず、その眼帯、布の向こう側にあるそれを強く抑えていた。


 そういえばこいつもだったな。

 俺、そして、マルクと同じ、自分の身に刻まれてしまった呪いを追っている男。


 俺達のように分かりやすい不死性でこそ無い。

 だが、抗いがたき呪いによって、人生をかき乱されてしまった男の一人である。


 そして彼は、その目に施された――というよりも、宿っている、呪いの出処を探している。


「少なくともお前が探しているものじゃない。呪いというより、魔術だ、と、素人目だが俺は判断したぜ」


「そうか」


 俺の目を見ている、お前がそう言うなら、そうなのかもしれんな。


 投げ捨てるように言って、それからフリッツは俺から目を背けた。

 どう声をかけていいものか、と、気を揉んでいる内に、列の前に修道服を着た壮年の男が現れた。


「これより教皇会議の一般聴講席を開放いたします」


 その掛け声とともに、議場へと続く扉が開かれる。


「どれ、それじゃぁ、ちょっくらその目を拝むのに、おあつらえ向きな席を抑えてくるとしようかね」


 そう言ってフリッツは俺を抜かして前へと歩み出る。


 やれやれ、どうやら俺の杞憂だったか。

 そも、そんなことで気落ちするようなタマじゃねえな。こいつは。


 俺もマルクも手に余らせるとんだクソ爺なのだ。

 ゆうゆうと扉を潜ったフリッツに続き、俺もまた議場の中へと足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る