第3話 内海の都(3)

 一週間前。


 俺とヒルデそしてマヤ、さらにここには居ないが、リヒャルトとユッテ。

 そしてフリッツとヘルマの七人が、魔法部隊を預かる将軍――ニコラウスの命により召集された。


 公国一のおひとよし。

 そう揶揄される、魔法部隊の顧問にして常備軍の将であるニコラウス。


 しかし彼は、こんなときのお定まりという感じに、その顔を苦虫を奥歯で噛み砕いたような苦悶に歪めて、頭を抱えながら俺たちを出迎えた。


「どうしたニコラウス。今日もたいしたしかめ面じゃないか」


「おぉ、ルドルフ、来てくれたか。急にすまない。困ったことになった」


「困ったこと。叔父様、いったい何が」


「今度のロシェ王国で行われる教皇会議だ。キナ臭い話がマルクから届いてな」


 三年に一度開かれる、教会の式典である教皇会議。

 各国の王もしくは首脳、ないしそれに類する者たちを一堂に集め、教会の方針を伝える大会議である。


 大陸に割拠する国家の社交の場。

 例外に漏れず我が国アイゼンランド公国も、その会議に参加していた。


 ベルツ公を筆頭に、国民軍第一軍団を預かるハーフェン将軍、宰相のギルボルトと、そうそうたる面々がその会議に参加するべく国を離れる。そんな中、魔法部隊からもそれに随伴する者が選ばれた。


 例によって我等の頼れる大英雄マルクと、その信頼する副官ウドの二人である。


 ここに加えて公爵家の末端に名を連ねているヒルデも――という話もあるにはあったのだが、まぁ、諸処の事情や個人の主張もあってその話は立ち消えた。


 そんな訳で、隊長と副隊長を会議に取られた魔法部隊は、実質的に開店休業状態。


 久々に訪れた休日だ。

 俺とリヒャルトはここぞとばかり、街の酒場に入り浸って、酒びたりの自堕落な日々を過ごしていた。


 そんな調子で、今日も馴染みの店でリヒャルトと待ち合わせという所を、この日に限って、店で待ち構えていたヒルデとユッテ、ついでにマヤに俺は捕らえられた。

 そして訳も分からぬままにこの通りという状況である。


 席には既に、フリッツ、そしてヘルマが着席していた。

 別の任務で国外に出向いている、ジーモンとカミルの姿こそないが、留守番の公国魔法部隊メンバーが勢ぞろいという感じだ。


 これはまた、気合の入った召集だな。


 ただならぬ事態とはなんなのか。

 そんなことに気を巡らせながら、俺はテーブルの空いている席へと座った。


「で、その、キナ臭い話ってのはなんだよ。まさか、教皇暗殺とかか。だったら心配するだけ無駄だぜ、殺しても死なんだろうよアイツらは」


「おうおう言うじゃねえかルド。昔取ったなんとやらだな。言う事が大胆だ」


 今の言葉を城詰めの司祭殿に聞かせてやったらどういう顔するかね。

 と、手を広げてからかうような調子で言ってきたのはフリッツだ。


「んだフリッツ、突っかかるじゃねえか」


 会議どころか共同任務になぞめっきり顔を出さないフリッツ。

 そうしない、それを望まれない。


 最大の理由は、彼のこの歯に衣着せない物言いにあった。

 この総白髪でフケ顔の男は、どうして、周りの人間を苛立たせる天才であり、魔法部隊一の鼻つまみ者にしてくせものなのだ。


 そんな彼だから、普段はめっきり別働隊。

 マルクは元より、俺やヒルデと行動することも珍しく、ニコラウスより指令を受けて独自行動をしていることが多い。


 それがこうして共同作戦のメンバーとして抜擢されたということは、必然、よっぽどまずいことが起きているのだろう。


 なんだ、今回の教皇会議にいったいどんな闇があるというのか。


「喧嘩している場合じゃないんだよ。二人とも、落ち着いて、私の話を聞いてくれ」


 頼りないながらも何かと恩のあるニコラウスに言われては仕方ない。


 久しぶりに見るにくたらしフリッツの顔。

 そこに、もう少し罵声を浴びせてやりたいところだったが、そこをぐっとこらえて、俺はニコラウスに視線を向けた。


「もうかれこれ一年前の話になるかな。隣国のローラン王国で、王都市民たちによる暴動事件が起こったのを覚えているかい?」


「あぁ、王弟派が市民議会と組んで起こしたっていう奴な。それがどうかしたのか」


「王の親衛隊と国民軍、帝国の援軍もあって暴動はすぐに鎮圧された。その後、王の側近の何名かと、市民議会の指導者の数名が投獄されて、事件は一応の解決をみた」


 よくある話だ。

 どちらか一方的に裁いてしまえば禍根が残る、双方痛み分けにして、ことなく済ますのは政治の常套手段だ。


 ただ、あくまで、表立ってのみの痛みわけだが。


 確か王弟派に属していた貴族と市民議会の議員たちは、王弟が納めている領地に関しての免税を主張していた。


 かの国の王弟が治めている地方は、ローランの地の中でも豊かな場所が多く、食糧庫とも言われている一帯だ。王弟及び議会としては、そこからの実入りをなるたけ多くしたい、と、そういう理由で彼等は王弟の権利を主張したのだろう。


 そこにあって、断固として拒否してみせたのが国王及び王妃派だ。


 典型的な立憲君主であるローラン王は血を分けた弟の主張を認めず、また、これを期に王弟勢力の切り崩しを図った。

 結果として、数の上では同数を処分することになったが、王弟派の名だたる者たちを獄につなぐことに国王側は成功した。


 つい数十年前までは暗愚な王子と言われていた男の鮮やかな政治手腕。

 その時ばかりは、俺も少しばかり感心したものだ。


「その手際、あまりに鮮やかと思わなかったか」


 核心をつくような言葉がニコラウスの口から出てきた。


 こいつも大概、暗愚だのお人よしだなど、国内外で散々に言われている口だ。

 だが、実際の所はよく頭の回る男だ。


 確かに言われてみればと俺は頷いて返してみせる。


 まさか、ローランの国王派に接近している勢力・組織があるのだろうか。

 いや。


 なんといってもローラン王国は、千年の王政を布く一大王国である。


 市民議会こそ承認している。

 だが、王政を揺るがすような行為、勢力の干渉等はまず拒むはずだ。


「ローラン国王は、この事件の解決の為に毒婦の案を飲んだんだ」


「毒婦というと、国王の実母マリアンヌ。彼女ゆかりの人物を登用したのか」


 暗愚な兄に対してそこそこに頭の切れる王弟。

 その権威を考慮して、彼を相手に出し抜くような真似ができる人物となると、浮かんでくる人物は一人だけだ。


 かつて外様の身でありながら、ローラン王国の政治の中枢に割り込み、宰相として辣腕を振るった男。


 宰相コランタンである。


 国母マリアンヌの侍女の旦那というだけで三流貴族だった彼。

 おそらく、もし何事もなければそのまましがない三流貴族の文官。

 それで終わるだけだったろう男のその運命を狂わせたのは、ローラン先王アンリの突然の病死であった。


 当時、現国王であるロイはまだ政治を司るには幼く、アンリには兄弟が居らぬという状況。必然、外から嫁いできたマリアンヌが、摂政として国の運営を任されることになった。


 だが、名君よりも王政復古の大王の名が高いアンリ公。

 その遺臣の多くは、野心的で、また、彼女に指図されるのをよしとしなかった。


 必然、多くの家臣たちが宮廷を離れ、地元に持つそれぞれの勢力を拡張するという、一転した国難をまねいてしまった。王妃は、縋る相手が居ない中、侍女の夫であり嫁ぎ先から連れてきた貴族であるコランタンを、相談役として登用するに至った。


 嫁の口ぞえで出世したような男である、何ができるものかと、宮廷詰めの文官はおろか国民議会、諸侯たちも最初は彼を侮っていた。


 しかし。彼は、そんな大方の予想を裏切った、大胆な行動に打って出て見せた。

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