第2話 内海の都(2)

 中立という特性。

 しかしながら商工者達が牛耳る都市国家と違う王政という特異性。


 それを考慮して、大陸の国家の国際会議の開催場所として度々使われるその街に、俺たちは今まさに向かっている最中であった。


 やがて田舎道がレンガ造りのちゃんとした道路に変わったかと思えば、いよいよ、石造りの街並みに辺りが変わる。


 海風にさらされ木造では腐食する海洋国家ならでは。

 海のない国ばかりの帝国諸国にはなかなか見られない――茶けた石を積み重ねてセメントで固めた原始的な家屋だ。


 これはこれで趣がある。


 すぐに街並みは人、とりわけ商人にあふれ始めた。

 遠くに見える人だかりからは、ここまで聞こえてくるような大きなセリの声。


「わぁ。人がいっぱいだ。あれは、なに、何してるの?」


「市場だな。ここら辺は気候が良いし、潮の流れもよくて上質な漁場がある」


「んん?」


「それで、地中海では一二を争う規模の市場ができたって訳だ」


「むー、むずかしいはなし、マヤ、わかんない」


「そうか難しかったか。まぁあれだ、みんなおいしいごはんを食べに来てるんだよ」


「ごはん? それじゃ、ユッテもあの中にいるのかな?」


 どうだかな。


 まぁ、あのいやしんぼうの事だ、放っておいてもまず間違いなく顔は出すだろうが。はたしてあのリヒャルトの世話をしつつ予定通りにここに着いていることやら。


 ごちゃごちゃとした市場近くの通りを過ぎると、次に待っていたのは長い長い坂である。石畳になっているそこは、先ほどヒルデが言った大灯台へと続いている。


 そしてもう一つ。


 その灯台の下に造られた宮殿にして、俺たちの目的地。

 暁の館、にも続いていた。


 人ごみこそ少なくなったが、代わりに馬車の数が増えてくる。

 前に一台、後ろに二台。


 なんとも豪奢な装いの荷台が、軍馬も顔負けの勇壮な馬に引かれている。

 馬の鞍には見覚えのある紋章があつらえてあった。


 だが、どれも国のものではなく、地方貴族の由縁を示すものばかりだ。


 俺たちの様な偽者とは違う、本物の貴族、あるいは国家の要人を乗せた馬車だ。


「帝国議会も顔負けの大会議よな。三年に一度の事とはいえ、よくもまぁ、仲の悪い大国が雁首そろえて集まったもんだと思うよ」


「仕方ありませんわ。教皇主催の会議ですもの。顔を出さないということは、教化圏の国を全て敵に回すということと同義」


「だなぁ」


「どんなに顔を合わせたくなくても、出ないわけにはいきませんことよ」


 言われなくてもそれくらい知っている。


 ふと、後ろついてきていた馬車の一台が、速度を上げてこちらに並んできた。


 ヒルデたちが座っているのは反対側、向って左手の俺が座る窓の方へと横付けするや、鞭を打つ手を緩めて並走し始める馬車。


 帝国に縁故のある貴族の紋章が馬車の戸には描かれている。

 同じく、帝国の貴族ということになっている俺が乗っている馬車に、挨拶をということだろうか。


 面倒くさいことになった。


 まぁいいここはいつもの調子で適当に話をあわせるか。


「いやはや奇遇ですな。こんな所で同じ帝国の者に出会えるとは」


「これはどうもご丁寧に。私は、えぇと、お、お、オル、なんだっけか」


「グリッフ伯ですわ。もう、一言も出てきてないではありませんの」


 窓から見えない角度でヒルデが俺の脚を蹴り上げた。

 まったく容赦のない痛烈な一撃だ。


 足は痛いが残念なことに言い返す言葉もない。言い返せる状況でもない。


 やれやれ、興味がないとはいえ、俺の記憶力も酷いものだ。


 苦痛を顔に出さぬように堪えながら、俺は立ち上がると馬車の窓から顔を出す。

 どうしたことか、並んで走っている馬車の戸は閉じられていた。


 自分から話しかけておいて、なんとも憮然とした態度だ。

 だが、まぁ、貴族なんてそんなものかもしれない。


「グリッフ伯ルドルフだ」


「ほぉ、グリッフ伯。奇遇ですな。私は一つ山を挟んだ、フルスの者です」


「はぁ、そうですか。すると、貴方もあれですかな。会議にかこつけて、夜会に参加されに来られたということですか」


 いかにも、と、言って馬車の男は窓にかかっていたカーテンを開いた。


 中から出てきたのは白髪、左目に眼帯をした男。

 無精ひげを顎先に蓄えた、貴族というより野盗崩れという形容が似合いそうな男は、からかうような下衆た笑みを浮かべていた。


 そして、その聞きなれないお澄まし声で笑いを堪えていた。


「そうそう。誰かさんと同じさ。夜会にちょっと顔を売りにね。あと、隣の国の元宰相殿がやんちゃをしないようにお目付けにさ」


「っだ、お前かよフリッツ。からかいやがって」


 あぁ、おいちゃんだ、と、俺の背中でマヤが叫ぶ。


 次いで、顔をしかめながらヒルデが窓から顔を出すと、また汚いものでも見るような表情をして、すぐに反対側の席へと戻った。


 随分嫌われたもんだな、と、苦笑いをするフリッツ。


 そうして嫌われる理由を一度でも真剣に考えたことがあれば、俺にこんな意地の悪い接触のしかたをすることはないだろう。

 ったく、相変わらずいけすかねえ奴だ。


「んだよ、折角の旅行だってのに嫌な気分にさせやがる」


「おいおい寝ぼけたこと言うなよルド。新婚旅行気分で俺たちの目的を忘れたのか」


「そういうのがいちいち人を不快にさせるんだよ。分かってんのか」


「分かってるからいってるんだろうがよ」


 ヤニがびっしりと染み付いた黄色い歯。

 それを見せて、フリッツは心底楽しんでいる感じに笑う。


 本当、いけすかねえ奴だ。

 このイヤミさえなければ頼りになる奴なのにと、心の底から思う。


 フリッツの言うとおり、俺たちはマヤを連れて旅行に来たわけではない。今回の旅は、公然とした公国魔法部隊の任務によるものだ。


 ことの発端は、そう。

 今より一週間前にさかのぼる。

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