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 テロ防止のために【サイラス】基地と、その付近に存在するEoEの市街地には、両者を隔てる壁が存在している。この壁が存在する境界線の市街地側には、住処を追われて浮浪中の家族、地球側から不法移入してきた流れ者、生まれた時出生登録がなされず法的権利を持たず、違法な保育施設で育てられた浮浪児などがテントを張ってその日暮らしを行っている。彼らには住民票は存在せず、その場に暮らす権利が法的に保障されているわけでもない。

「妹は、その境界線で死んだ」

「……ほぅ」

 窓から景色を眺めながら、静かに艦長室から語り掛ける赤髪の少女は、静かにそう語った。窓の向こうに実際にその場所があったわけではないが、彼女が背負う背景と視線の延長線上に存在するものを考えた男には、【サイラス】基地と市街地の境界線上のことを指しているとすぐわかった。

発言にきっかけがあったわけではないが、作戦時刻がせまっていることが、彼女の感情を揺り動かしたのかもしれない。

今【ウィードパッチ】が光学迷彩を使いつつ移動しているのは、各【サイラス】基地から遠く離れた、たまに無人偵察機が飛び回る程度の、火星のように何もない砂漠地帯である。赤髪の少女の視線の先にも、基地と市街地の境界線にあるテント地帯が存在するわけではない。

男は彼女が、今窓から見える砂漠よりもはるかに向こう、地平線のはるか先を見据えているように感じた。

「浮浪罪で逮捕、っていうのを口実に私たちを狩ってきたけど、私たちは事前に何の通達も受けてなかった。あれは【サイラス】の、見せしめを兼ねた実質的な【浮浪狩り】だった」

 赤髪の少女は見るからに涙をこらえながら話していたが、そんな彼女に対して男は感情移入することなく、無表情を保って聞いていた。

「直前の【狩り】で群衆が暴徒化したことを口実にしてたっけ……それに巻き込まれて、妹は胸を撃たれた。即死だった」

「……そうか」

 男が投げやりな相槌で返したために、陸上空母【ウィードパッチ】の艦長室を気まずい沈黙が支配した。男に告げたことを後悔しているとばかりに、赤髪の少女は額に手を当てて視線をそらした。

「すでに三人の適格者は、で作戦開始ポイントに向かっ ている。あとは君が行動すれば、君だけでなくEoEこの世界の人間全ての戦いが幕を開ける」

「三人ということは……結局特別機を与えたのね? にも」

 憎しみの秘められた目を向けて、赤髪の少女は言った。

「あいつらは仰々しく反抗を語っていたけど、その実仲間たちを平気で自爆に巻き込む狂信的なカルト集団じゃない。彼らと組んで交渉なんてできない」

 赤髪の少女の力説にも、男は全く応じるそぶりを見せなかった。

「最初に言ったはずだ、あくまで我々は隠密で共同戦線を張っているだけだと。目的が違う以上、いずれ袂を分かつことにもなるさ」

「とにかくあなたがどう動こうと、アタシ自身はいつ何時も、【トーガス・ヴァレー】とつるむつもりはないから」

 しばしの沈黙が流れた後、お茶を濁す意思を隠そうともせずに男は彼女にこう告げた。 

「そろそろ頃あいだ、発進準備をしたまえ。ドクター・リケッツ、【ESX-0102】【スタイン・ミルトン】の輸送準備を始めてくれ」

 言うなり格納庫に向けて開いた通信回線を通じて、科学技術班を率いる研究者に連絡をとる。

 それを確認するなり、男に視線も合わさずに赤髪の少女は去っていった。


 陸上空母【ウィードパッチ】の機体下部には、第四世代機【サンタローザ】、及び第四・五世代機【テハチャピ】を複数機収納した格納庫が設置されている。

 しかし今赤髪の少女が乗り込んだGOWは、【サンタローザ】でも【テハチャピ】でもなく、それらとは体格、大きさ、武装の面で、大きく異なる機種であった。

 【ウィードパッチ】の艦橋に通信機器のチャンネルを合わせた少女は、男からの通信で細かい作戦開始ポイントを聞いた。機密を要するため作戦の細かい地点は直前の今になるまで教えられなかったが、両者密室状態の部屋にいる現在になってようやく情報が明かされる。

「そういえば、あのさ」

『なんだい? 『エンマ』君』

「最後になったけど……私にこの機体を貸してくれたことには……例を言うわ。ありがとね、『C』」

『ふっ、今生の別れのように言ってくれるな』

 肩にミサイルポッドや砲塔を抱えた、周囲の【サンタローザ】よりも一回り大きな暗い緑GOWが、滑車付きの荷台ごと輸送機へと運ばれる。

灰緑で肩幅の広いGOWには、言いようのない哀愁があった。


「……今のを聞いたな、二人とも? 彼女に続いて出撃の準備をしてくれたまえ」

 赤髪の少女、エンマとの通信を終えた艦長室の男性、Cは、すかさず室内の通信回線を別の場所に向けて開いていた。

「『C』」

 程なくしてどこにいるとも知れない場所から、彼を表す一文字を呼ぶ声があった。女性の声だったが、エンマの張りつめたそれとは違う、戦場の空気に似合わない砕けた口調だった。

『あんたさ、かーなーり、性格悪いよね』

 その言葉を聞いたCが思わず漏らした苦笑を、スピーカーが拾うことはなかった。

「そっちは何かいうことはないか?『李』殿」

『興味がない。俺に伝えるのは戦場で行うべきことだけにしろ』

 通信を経由して届いた、女性の者ではないもう一人の声は、兵器を提供したC相手にもそっけない態度を隠さなかった。口調こそクールな青年を思わせる固さを帯びていたその声は、しかしどう聞いても声変わり前の、少年のそれだった。

 ―――反抗的な側面があった赤髪の少女・エンマは、ああ見えてこちらに友好的な存在だったらしい。

 いまさらその事実に気づいたCの苦笑は、またもスピーカーには届かなかった。


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