第2話第2回 省略の誤用によるミス、基礎となる技術その2・文末の変更
【4】省略の誤用によるミス
次は省略を使ったものの、上手くいかずに文章が滅茶苦茶になってしまった例を見ていきましょう。
(例4)
コスプレして欲しいと花音ちゃんにお願いすると、すっかりその気になった彼女と一緒に更衣室へと向かった。
これが一番ありがちなミスです。
この文章は、
私はコスプレして欲しいと花音ちゃんにお願いした。
私はすっかりその気になった彼女と一緒に更衣室へと向かった。
の二つの文章を繋げて一つにしているわけですが、その過程でどちらからも「私は」(あるいは「俺は」や「僕は」でも可)を省略してしまったため、誰が花音ちゃんにコスプレをお願いしたのか、誰が彼女と一緒に更衣室に向かったのかが分からなくなる、という流れでミスが発生しています。
この文章の正解は、
コスプレして欲しいと花音ちゃんにお願いした私は、すっかりその気になった彼女と一緒に更衣室へと向かった。
でしょう。このように「二つの文章を一つに繋ぐことによって、主語を省略する」方法で、主語を全て省略してしまうと意味不明な文章になりやすいのです。
次も似たような失敗例を見ていきましょう。
(例5)
学生時代は素行不良で父に迷惑をかけたが、その分、老後の面倒を看てあげれば良いと言って許してくれた。
これも「二つの文章を一つに繋ぐ」過程でミスが発生しています。元々、この文章は、
私は学生時代に素行不良で父に迷惑をかけた。
だが父は、私に「その分は、お前が老後の面倒を看てくれれば良い」と言って許してくれた。
になるはずです。ところが、最初の文章では主体が「私」になっていて、二番目の文章では「父」が主体なっているため、この二つの文章を一つに繋げることは出来ません。それを無理矢理繋げようとしたせいで混乱が起こり、更に「私」を全て省略してしまったため、父親が「老後の面倒を看てあげれば良い」と言ったことになってしまったわけです。
このように「二つの文章を一つに繋ぐことによって、主語を省略する」方法は、ある条件を満たすと、混乱が起きる確率が高まります。その条件とは、「主体となりうる存在が二人以上いる、あるいは二つ以上ある場合」です。
(例4)では「私」と「花音」が主体となりうる存在、(例5)では「私」と「父」が主体となりうる存在となります。書き手は、このどちらを省略すれば文章の整合性がつくのかが分からなくなってしまい、結果として間違った文章を書いてしまったわけです。
本稿の最後で軽く触れますが、文章技術のスキルが高いかどうかを判定する比較的確実な方法が、この更に一つ上の「一つの文章内に三人以上、あるいは三つ以上の主体を登場させ、矛盾無く書けるかどうかを試す」事になります。
平均的な文章力であれば、三人以上、あるいは三つ以上の主体を登場させると、高確率で混乱が起きます。逆に、主体が二人以内、あるいは二つ以内であれば、訓練によって混乱の発生をある程度防ぐことが可能です。
【5】基礎となる技術その2・文末の変更
次は「文末の変更」を見ていきましょう。
この技術を解説する際に、事前知識として、日本語における書き言葉には、「です・ます調」と「だ・である調」の二つがあるということを思い出してください。前者を敬体、後者を常体と呼ぶ場合もあります。
「です・ます調」は、文末を「~です」「~ます」で終わらせる形式で、丁寧な書き言葉であると認識されています。ちなみに、この文章も一応は「です・ます調」です。
一方の「だ・である調」は、文末を「~だ」「~である」で終わらせる形式で、「です・ます調」に比べると丁寧では無いけれども、堅い調子だと認識されています。
この二つは基本的に混ぜて使ってはいけないことになっています。もちろん「俺はそんなルールに従わない」と言って両方を混ぜても良いのですが、読み手からも書き手からも馬鹿にされるだけなので、止めておいた方が無難でしょう。
それでは「文末の変更」が、一体どのような技法なのかを、具体例を挙げて見ていきましょう。
(例6)
私は何気なく窓の外を見ました。
すると、自宅の塀の上に怪しげな黒い影が立っていました。
怖くなった私は、カーテンを閉めました。
ところが、カーテン越しに窓ガラスをノックする音が聞こえてきました。
この文章は、文章末尾が「ました」で揃ってしまっているので、「可能な限り同じ表現を使わない、あるいは間隔を空けて使う」という小説向き文章の原則に反しています。
そこで「文末の変更」を行うことによって「ました」を続けて使っている箇所を修正します。
(例7)
私は何気なく窓の外を見ました。
すると、自宅の塀の上に怪しげな黒い影が立っているではありませんか。
怖くなった私は、カーテンを閉めました。
ところが、カーテン越しに窓ガラスをノックする音が聞こえてきたのです。
このように、4つ並んだ文章のうち、「ました」を使っているものを二つにまで減らし、しかも続けて並ばないようにするだけで、かなり小説向きの文章に変わっているはずです。
「文末の変更」は省略と並んで容易な手法ですが、前述したように「です・ます調」と「だ・である調」の二種類を使い分けなければいけない分だけ、単純な省略よりも難易度が高いと言えます。
また、省略によって文末まで省略してしまい、体言止めを連発している場合は、原則として「です・ます調」は使えません。体言止めが丁寧な書き方だとは思われていないからです。
なお「文末の変更」の失敗は、ほとんどが「です・ます調」と「だ・である調」を混ぜて使っているだけなので、具体例は挙げません。
省略と同様に、この技術もまともに使えないのであれば小説執筆は諦めた方が良いと思われます。
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