第297話 誘い
ヴェートーベン、いや、ベートーベンも神童なんていわれていた。
けど、じっさいは無名の音楽家から始まって死後に星間エーテルが抜け出し、何度も何度も転生して血の滲む努力の果てにあの地位に登りつめたのかもしれない。
そう考えると、現在、なにかしらで功績を残した人も最初からその地位にいたわけじゃないのかもな。
一生まるまるを棒に振ってしまった人生だってあるのかもしれない。
それを何度も経ての脚光……か。
突出した才能はそれくらいしないと世の中にでないかも……。
そんなことを考えながら階段を降りていると、寄白さんはいたってふつうに戻っていて、また『保健だより』の構想を練っている。
山田の
「さだわらし」
「ん?」
ああ、やっぱ俺は心のなかでも寄白さんとしか呼べない。
「ありがとう。仲間になってくれて」
「えっ?」
ら、らしくない。
な、なんで急に? ありがとうを語尾においた、アニメ的な――さよならフラグじゃないか?
なんなんだ。
「それにエネミーのことも、ありがとう」
らしくない、らしくない。
まるでエネミーを置いて寄白さんのほうが先にいなくなるような。
でも、じっさい蛇に狙われてるかもしれないのは死者であるエネミーだ。
そのために九久津がアヤカシの護衛をつけている。
な、なんなんだ、これは? しかもエネミーのことを言ったきり、そのあとは深くは語らずじまい。
「えっと、美」
弱めて、――子、と発する。
「なんだ?」
あえて、あえて下の名前で呼んでみる。
「なんでそんなことを急に俺に?」
「なんでって。さっきいったろ」
ふつうの反応だ。
「私も九久津も雛もアヤカシのいる世界で生きてきたんだ。だからアヤカシと戦える仲間は必要だろ」
なぬ!!
らしい、じつにらしい。
戦力増えたヒャッハー!!ってことか、安心した。
でも、戦力に数えられてるのもうれしい。
校舎に戻ってから、校長室で今日の四階の出来事の報告をして校長室からでる。
校長はやっぱり仕事に追われていて、
でもそれよりも、明々後日にある株式会社ヨリシロの株主総会のことに全力を注いでいる。
まあ、株関連で鈴木先生が蛇じゃないことがわかったのは良かったけど。
廊下から窓をのぞくと外は薄暗くなっていて校内に人気がない。
「さだわらし」
「なに?」
「付き合え」
えっ? つ、付き合え、ですと? そ、それって学生憧れのあれか? あれなのか? 四階で俺に対するなにか心変わりがあったとでも? しかも放課後というシチュエーションつき、ってもう放課後でもないのか? 暗い感じだし。
こ、こんな大人な雰囲気で、付き合うなんて、そ、そんなことがあっていいのか。
「えっと、俺でよければ」
「おまえ以外にいないだろ」
俺以外にいない、だと。
こ、これは完全に俺を指名してる。
確実に、一巡目の指名、期待されてる。
指揮官じきじきの選択だ。
「今から、外にでるぞ」
「は、はい」
そ、外で告白なのか? でも情けないが主導権は寄白さんにある。
外での告白もそれはそれでまた思い出になるな……。
寄白さんは人気がない廊下のさらに角までいき辺りを確認してからなにもない空間に手をかざした。
その手は俺とはまったく別の方向を向いている。
けど、なぜに亜空間を開くのですか? 一般生活で亜空間は使わないよな?
い、嫌な予感が……。
「こっちだ」
俺は寄白さんと一緒に亜空間に入る。
亜空間は距離をショートカットする感覚だから、じっさいは歩いて移動する実感はない。
すぐに出口が開いた。
ってここは、どこじゃい!!
俺と寄白さんがきた場所はどこかの屋上らしいことだけはわかった。
やっぱりね~。
ですよね~。
そういう意味の付き合ってだよな。
心のどっかではわかってたさ。
寄白さんはあたりを見回している。
俺もあたりをながめてみた。
自動的に
それで、亜空間を使って南町にやってきたんだと理解する。
南町にきたのって、あの「猿」「狸」「虎」の毛を拾った端材置き場以来か、てことは五日ぶり。
けど、あそこの住所って【南町】か【東町】か微妙なところだったはず。
あとは社さんとエネミーの通う「
ほかに南町で有名どころといえば、寄白さんの会社がやっている「スーパーYS」って大型店か?
あの近くは映画館もあるし南町の繁華街ってことになる。
……なんか、ここにきて朧げに過去の記憶が蘇ってきた。
母親とよくいくスーパーのことを訊かれて、俺が「スーパーYS」って答えたんだ。
それを訊いてきたきた人って九久津の……兄貴?のような。
訊かれた場所も六角大池? やっぱり記憶は朧げではっきりとはわからない。
それと転校初日に
まあ俺がもともと住んでた場所だし。
寄白さんは右側にあるビルの屋上を見て、一度止まると――ついてこい。といい残し、手すりに足をかけてそのビルに向かって飛んでいった。
ま、まじ!?
この高さと幅だと、オリンピックの高跳びと幅跳びの選手なら飛べるかもしれないって距離感だけど。
まあ、能力者の身体能力なら飛べるかもしれない。
俺もおそるおそる寄白さんを追って飛んでみることにした。
もちろん恐怖感はある。
けど、只野先生のホワイトボードの説明が不思議と俺を納得させる。
能力者といわれる人物は日常生活でも火事場のバカ力をデフォルト使用できるんだから。
脳が制御しているリミッターを外すんだ。
恐れるな、俺だって、そこそこアヤカシと戦ってきたという自負もある。
よし、俺もさっそく手すりに足をかけて、その勢いで斜め前にジャンプしてみる。
うお~、いや、でも以外とふつうにそのビルの屋上まで飛べた。
着地のときも体のバランスを崩すこともなく、跳び箱の落下点的に下りれたし。
軽くうしろを振り返ってみる。
我ながらよくこの高さを飛んできたなと驚く。
ただ、この感覚を覚えておかないと。
今の俺ならこの高さならふつうに飛べると、心に刻む。
まあ、
それを考えるとエネミーの飛翔能力って
しばらくのあいだ地上から足を離して浮いていられるんだから。
エネミーもいずれはスゲー能力者になるかもな、って死者はアヤカシと戦う側になれるのか?
種族的にはアヤカシなんだけど……。
でもエネミーってやっぱり人間だよな。
俺が真正面に目を向けると、若い女の人が貯水タンクの前でナイフを手首に当てて切ろうとしていた。
ヤ、ヤバっ、なにこの状況? いきなり重大局面なんだけど。
寄白さんはこれを止めにきたのか?
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