第254話 禁断の黙示録 ―空間掌握(くうかんしょうあく)―

 「ハン。適当にそれを使って戻ってこい!?」


 一条はハンが飛ばされていくはるか先に黒い直方体の物体を無数に出現させた。

 大量にあるその物体の配置は蜂の巣に群がる蜂たちの陣形と酷似している。

 

 『すまない』


 弾き飛ばされていったハンはその力を利用する。

 数回、バク宙をして一条が出現させたひとつめの黒い直方体を蹴り膝にかかる負担を独自の動きで分散させた。


 初動の反動を利用してさらに己の体を前方へと押し出していく。

 ハンは一条が出現させた不均等に浮いている黒い直方体をアスレチックのようにピョンピョン蹴って合間を縫い一条たちのいる場所まで戻ろうとしている。


 黒い直方体はそれ自体が比較的小さくハンの進行の妨げにはならない。

 ハンはメデューサの盾の表面おもてめんを一条と二条に決して向けないようして軽やかに宙を舞う。

 自分の動きとメデューサの盾を操る動きを別々で操縦しているようだった。

 それはかつて五条大橋をヒラリと身軽に飛んでいた様子を思わせた。


 ハンを吹き飛ばした謎の物体は再度振り子のようにしなり一条の元へと振り下ろされた。

 一条はこげ茶色と茶褐色さらには緑色の混ざったそれを振り払うように手をかざした。


 (緊急事態だし。しゃーねーな)


 {{開放系空間オープン・ディメンション}}


 一条は自分の目の前に二本の黒く細長い物体を出現させた。

 その物体を交差させて一条に向かってきたそれをハサミの要領で斬る。

 まるで名刀で斬ったのようにそれは切断面を露わにしたままブラブラしている。

 斬りとられた先端さき手品マジックのように消えていた。


 (各国に送る割り当て面積がずれちまったじゃねーかよ)


 ハンはようやく一条と二条のいる場所まで飛ぶように戻ってきた。

 一条はそんな状況でもハンが着地した黒い物体の面積を広げていた。

 ハンはそこに片膝をつきメデューサの盾を地上側に向けて押し込むと黒い物体の中にとっぷりと沈んでいった。

 

 『一条。助かった。あのままだと雲の外まで飛ばされていたかもしれない』


 「ああ、いいってことよ。気にすんな」


 『広範囲が石化してるしトライデントも良い位置まで刺さってるな』

 

 ハンはアンゴルモアが順調に石化しているのをその目で見て安堵した。 

 

 「大丈夫だった?」


 二条は慌ただしそうだったハンが落ち着くのを見て声をかけた。


 『ああ。大丈夫だ。俺を弾いたのはトライデントが突き刺さったことによるアンゴルモアの防衛本能だろう。俺たちが見ているアンゴルモアの真後ろではまだあれ・・が石化せずに埋まっていたんだ』


 「ええ、そうよ。私の位置からはアンゴルモアになにが起こったのかはっきり見えていたから」

 

 「まあ、嫌いなやつにとっちゃそれ・・は不安や恐怖の対象になるからな」


 一条がそういい終わるころにはアンゴルモアの体からはみ出てブラブラしていたそれはカチカチに固まっていた。

 どこかの彫刻家が意味ありげにその部分をわざと出しておいたようにアンゴルモアのアクセントになっている。


 『爬虫類の尻尾の集合イメージ。だが今のこのアンゴルモアに反撃の意思はない。ただの条件反射だ。人の赤子あかごだって顔に水がかかれば自然に拭うのと同じ理屈さ。だから俺と一条に狙いを定めたってわけじゃなく尻尾を振った進行方向にたまたま俺らがいたってだけの話さ』


 一条が今さっき空間の中に送り込んだのは誰かの恐怖や不安が具現化しアンゴルモアの一部となっていた巨大な爬虫類の尻尾だった。

 一条たちがアンゴルモアを正面から見た場合、その尻尾はアンゴルモアの背部に埋まっていたため死角になってその存在に気づくことができなかった。


 「トライデントが突き刺さった衝撃でアンゴルモアの中に埋まっていた尻尾が反射的に暴れたってことだよな?」


 『ああ』


 「ところで一条。送り先は正しいんでしょうね?」


 二条は一条にそういったあと小さく数字を数えはじめた。

 二条の唇の動きに合わせてトラインデントはアンゴルモアに沈んでいく。


 「はっ? さっきの尻尾もタバコと同じ場所に送ったんじゃ?ってことをいってんじゃねーだろうな?」 


 二条は目だけで――そうよ。といった。

 唇はまた数字をつぶやいている。


 「俺は空間を掌握してて用途別に空間フィルターをかけてんだよ。仮に間違って送ったとしてもデカすぎる物はリダイレクトされてくるわ!!」


 「なるほど、大は小を兼ねるとはよくいったものね。大きい物を送る専用の空間なら”大きい物でも小さい物”でも通っていくけど小さい物を送る専用空間なら大きい物はフィルターに引っかかって跳ね返ってくるってことか。そう、だからか~」


 二条は別の意図で関心しきりだった。

 それでもなおも左手の甲に右手の人差し指を当ててトントンと数を数えている。

 

 「はっ? だからって?」


 「いや、いつだったか私が外務省に寄ったとき清掃員さんが不思議がってたから」


 「なにを?」


 「あんたの机の引き出しからいつも山のような吸い殻が出てくるって。各部屋は禁煙。かといってわざわざ喫煙所から灰皿と吸い殻を持ってきて机にしまいこむ理由がわからないってさ」


 「いや、あの、その、二条。二条さん・・・・それはどうか御内密に」


 「外出先そとで吸ったタバコを机の引き出しの中の灰皿に送ってるんでしょ?」


 「ああ、そうでございますよ。ポイ捨てするよりよっぽどいいだろ?」


 「その発想子どもじゃないんだから? もっとも子どもに喫煙はできなけど。空間ごとにフィルターをかけてるなら間違ってあんたの机にアンゴルモアの尻尾を送っても外務省ごと吹っ飛ぶってことはないわけね?」


 「ねーよ。そんなもん。そんなことしたら内乱罪だろ」


 「仮にそうなったら鷹司官房長でも擁護できないわね?」


 「だからそんなミスはしねーっていってんだろ!? 本気でやるなら通常国会の真っただ中狙うだろ?」


 「やる気? その発想がそもそも共謀罪だけど?」


 トライデントはさらにズブズブとアンゴルモアを採掘するように沈んでいく。

 アンゴルモアは台風のような風圧の遠吠えを上げた。

 それは音を越えて風となり螺旋を描き積乱雲の雲壁うんへきを突き破って猛スピードで海上を突き進んでいった。


 (雲が破られた……)


 それを最後にアンゴルモアのゾンビのような部位も鬼のような部位も見える範囲のすべてが石になっていた。


 (最期・・のあがきか……)

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