第233話 因果律の糸 九久津堂流の組紐

 約十年前、鵺の出現日。


 堂流と繰はアヤカシが出現したというの通報により、その報告の場所へと急いでいた。

 ふたりは鵺を退治した沙田を見届けたあと幼い沙田をひとり置き去り・・・・にしてふたたび走りはじめた。

 

 「ねえ、堂流?」


 繰は息をきらせながら訊いた。


 「はい。なんですか?」


 「もう、あの少年のところにいるの・・・?」


 「いますよ」


 「さすが。行動早っ!? 今の私は開放能力オープンアビリティ韋駄天いだてんを使ってもこの走りなのに堂流はあっちとこっちにいるんでしょ?」


 「まあ、そうなりますね」


 「堂流は韋駄天を使ってないのにこの速度なの?」


 「はい。召喚憑依能力者は召喚のキャパを考えないといけないので開放能力オープンアビリティであってもすくないにこしたことはないんです」


 「じゃあ今のこの堂流のスピードって本来の身体能力なのか~」


 「そうですね。まあ、能力者って時点で一般の人よりは身体能力は高くなっていますけど」


 「はぁ~。なおさら私が劣等能力者ダンパーだって思い知らされるわ」


 「開放能力オープンアビリティは能力者を補佐する能力なので別にいいんじゃないですか?」


 「そう? 私って足手まといになってない?」


 「ぜんぜん」


 「本当、ありがとう。堂流、地味な質問なんだけど?」


 「はい?」


 「当然、ここにいる堂流が本体・・なのよね?」


 「……俺が分身わけみを使う場合は召喚したほうが本体から別れた分身ぶんしんということになりますから……」


 「そうよね。じゃあ、私たちは通報された場所に急がないと」


 「今も走ってる最中ですけど?」


 「ま、まあね。そこはつっこまなくったっていいじゃない?」


 「えっ、あっ、はい。すみません」


――――――――――――

――――――

―――


 堂流の分身体は六角公園の木々に紛れ、沙田から目を逸らさないていどで公園の中を見回した。

 堂流は一般の能力者では感じとることのできない感覚を覚える。

 

 (あきらかにおかしい……俺知らない感覚。だとすれば消去方で考えてアウトサイドフィールド……か? 現実でありながら外界と隔離された空間。この近くに特異点の能力者がいる……。あるいはあの少年自身がこれを生成しているという可能性もある)


 堂流は沙田を眼前にしても朧気おぼろげに沙田の正体を知っているためにつぎの行動に移せずにいた。

 九久津家の長男かつ能力者に代々伝承されてきたそれ・・は九久津家の次男である九久津毬緒は知らない事実だ。

 

 (沙田かれがまだ水辺でこの状況を楽しんでるうちに……行動に移すか。ただ沙田かれから目を離すわけにもいかない、な)


 {{目目連もくもくれん}} {{べとべと}}


 「頼んだ。俺はこの場からすこしだけ離れる。あの沙田しょうねんになにかあったらすぐに報せてくれ」


 堂流の召喚したアヤカシの姿はすでになかった。

 それは召喚と同時に物と一体化したからだ。

 目目連は複眼のアヤカシで辺りにある無数の木の中に憑依し沙田を見張っている。

 べとべともすでに物陰の中に潜んでいた。

 堂流は仮に沙田が今この六角公園から出ようとした場合すぐに自分に連絡がくる仕掛けを施した。


 堂流は目の前のなにもない亜空間を開きその身を投じる。

 周囲の景色が消え去った真っ暗な闇の中でひとり息を吐いた。

 ただし開放能力オープンアビリティの夜目によって灯りの有無などは行動を阻害する障害にはならない。


 (繰さん。すみません。俺の本体はこっちにいます。さっきの話ってじつは俺、繰さんのいに対して微妙に肯定も否定していないんです。繰さんは俺との会話のを読んで繰さんのところにいるが本体だと思ったみたいですけど……。分身わけみの本体をどれにするかは俺自身が分身わけみを分配した比率で変わります。今、繰さんといるほうは三割の俺。そしてここに七割の俺がいます。つまり繰さんといるほうが分身わけみってことになります。もうさっきまでの俺に戻ることはありません。こんなふうな別離わかれですみません)


 堂流は両足を肩幅まで広げて体の外側に力を込めていく。


 (こんななんでもないような日にこんな大きな決断をしなければならないなんて。今日はただ下級アヤカシが出現したってだけの通報だったのに……。それが突然、上級アヤカシの鵺が現れてあの沙田しょうねんがそれを退治した。さらにその少年はツヴァイを出現させた御名隠しらしき・・・人物。あたりにはアウトサイドフィールドまでもが出現している)


 堂流の足の力は脛、膝、太ももへと伝わっていく。


 (運命ってのはこういうことなのか。名字が沙田ってことは運命姓の人間。俺のこの行動もきっときみの因果に引かれたものなんだろう。俺はきみを中心点にした組紐の一本にすぎない。いや、すべての人が、だ)


 堂流は亜空間の中から現在、沙田がいるであろう方向をながめた。


 (寄白家も真野家も父さんも母さんも毬緒・・も知らないこと。現在の寄白家、九久津家、真野家の三竦みの関係性とそこに運命性を加えた四角関係の話。その四家の中から忽然こつぜんと姿を消した運命性の伝承)


 堂流が込める力は腹部、胸部、両肩へとさらに上昇していく。


 (その話にはなんの意味もないんだ。――ある有力な四家があって、なんらかの理由でそこから一家が減り三竦みになった。――それらしい物語が後世まで語り継がれていくかどうかのリトマス試験紙。そんな話さえ歴史のどこかで途絶えるようじゃ本当の伝承は消失えてしまう)


 ようやく堂流の全身隅々まで力がゆき渡った。

 

 (それを指南したのはこんタームの邪馬台国のあるじ。世界のゆくすえは沙田きみの行動しだい。九久津家の長男だけが受け継ぐいにしえの……。それを果たすときが今だ。他にも沙田きみは各国の能力者たちにY(時間)軸かこからの警鐘や警告と称して『新約死海写本』を残している。それもすべて世界の未来のためだ)


 堂流は己の正面を見やった。

 

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