第232話 灰色の謀略(ぼうりゃく)

 【Viper Cage ―蛇の檻―】に「蛇は真野絵音未をブラックアウトさせるより前に人体模型をホワイトアップさせたかもしれない。」を追加することはできる。

 俺がただスマホで文字を打ち込めばいいだけなんだから。

 でも、これはただの俺の空想でなんの証拠もない。


 ああ、それにな~蛇は二匹いるかもしれないだよな? ああ~わかんね~。

 これ、ますます迷宮入りしていくな。

 それにこれを書き込むと江戸弁さいしょの人体模型の話題になるから寄白さんが傷つく。

 俺は迷ったあげくその考えはしばらく封印することにした。


 思い返せば寄白さんって最初の人体模型に恐怖を与えてはいたけど――でも、ときどき顔見せにこいよ?ってどこか気にかけていた。

 あれはたぶん飴と鞭じゃないけど人体模型がブラックアウトしないようコントロールしてたんだと思う。

 

 本当に退治する気なんて毛頭なくて、そのぶんキツく当たってでも人体模型があのままいられるようにしていたんじゃないか? 寄白さんだってなにも無条件でぜんぶのアヤカシを退治してるってわけじゃないんだから。

 資料にもあったようにイヤリングに必要な負力はちゃんと計算しているはず。


 日本にむかしからいるアヤカシってのは人畜無害なのとか、すこし人を脅かすけれど自然破壊への警鐘だったりが目的なおとなしいアヤカシが多い。

 寄白さんは間違いなくそんなアヤカシたちに先制攻撃なんてしない。

 でも、反対に蛇のようなやつには容赦はしないと思う。

 それは九久津も社さんも同じだろう。


 蛇……いったいなにを? ホワイトアップブラックアウトが混ざればそれはグレイグー灰色ってこと、か。

 なんかどんどん灰色になってくな。

 

 「あの、その電話のあとってどうなったんですか?」


 訊いてみたけど校長は思い出したくないようでなんとなく葛藤しているようだった。

 ……しまった、やっちまった。 

 九久津の兄貴のことはやっぱり話題にしづらいよな?

 

 「でも、その日なのよ。私と堂流が最初に沙田くんに会った日って」


 校長は比較的明るく言葉を返してきた。


 「えっ? ……僕、と、会った、日?」


 「そうよ。でも私たちが一方的に見守ってたわけだから沙田くんに記憶はないだろうけどね。ただ堂流は沙田くんを家に送っていったっていってたけど」


 あ、あの日・・・っては俺が恐竜を見たって騒いでた日のこと……。

 あれっ!? 

 俺が【啓示する涙クリストファー・ラルム】に罹ったかもしれない日もたしかその辺りだったような。

 昨日の診断でも只野先生に心当たりないかって訊かれた。

 六歳のとき、十年前……。


 俺はあの日どうやって家に帰ったのかもわからない。

 記憶が断片的で曖昧だ。

 でも顔が傷だけらけの人が送ってくれた。

 えーと、あのあとって俺は家の外の壁ぎわで寝てたのを親に起こされたんだよな。

 

 ――遊び疲れてこんなとこで寝てるんだから。って感じ話が終わったんだ。

 

 そもそも俺はどうしてあの日のあの時間に六角公園にいったんだろう? 子ども心になんかでっけー虫とか魚を捕まえたらクラスの英雄になれるみたいなことで池の主を捕まえようとしてたのは覚えてる。

 子どもの好奇心ってバカで無敵で無謀だな。

 

 ……なんか、なんか変な感じがする。

 その日になにかが集まってきているような。

 あ、集まった、の、か? いや、あるいは集めらた……の、か?


 「あの校長。九久津の兄貴ってその日顔を怪我したとかってありますか?」


 あっ、ま、また、やっちまった。

 つい反射的に……口から言葉が。

 校長を気遣うよりも疑問のほうがまさってしまった。


 「堂流の顔? なんで?」


 「僕を送ってくれた人のことをボヤっとだけ覚えてるんですけど。その人の顔が傷だらけだったんですよ」


 ここは心を鬼にして訊きたいことは訊くんだ。


 「ううん。堂流の顔にそんな傷はなかったわよ」

 

 校長は首を横に振った。


 「そうですか」


 「そもそも沙田くんが鵺を退治しちゃったから堂流に戦う相手なんか存在しないし。だから堂流は顔どころか体に傷ひとつ負ってないわよ」 


 やっぱりあれは別人か。

 ああ、もっと九久津の兄貴のこと調べたいけど、ここからさらに踏み込むのは躊躇うな。

 ただでさえ空気が重くなってきてるし、なんとなくタブーに触れてる気がしてならない。


 「でも、沙田くんを送っていったのは堂流だと思うけど」


 「えっ? そ、それってどういう?」


――――――――――――

――――――

―――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る