第250話 禁断の黙示録 ―エトワール 二流派―

 「けどよ、これだけでけー鋳型ができあがってもアンゴルモアの負力は他所よそに流れないんだな?」


 「一個体のアヤカシが蓄積した負力の積載量としては新記録かもね? この事例は

きっと後進の役に立つわ」


 「んで、俺とおまえはさっきからこの超ド級のアヤカシを前にしてのんびり井戸端会議をしてるけど、いったいいつはじめるんだよ?」


 「さあね」

 

 二条はどこか他人事のように首を傾げた。

 本当にこれからのことは知らない、そんな様子とすこしの苛立ちがみえた。


 「――さあね。だって? この球電ひかりが合図じゃねーのかよ?」


 「これはあくまで下準備よ」


 「マジか?」


 「現在エトワール二流派の表星おもてぼし裏星うらぼしのどっちがアンゴルモア討伐作戦決行合図をするか。鋭意、討・論・中。テープを切るそうよ」


 「はっ?」 


 一条は本当に全身が凍ったように動きが止まったが、すぐに破顔した。


 「どいつもこいつもバカなの? もともとバカだと思ってたけど上級のバカなの? そんな余裕あんのかよ?」


 崩した顔は嘲笑の意味だ。


 「余裕なんてあるわけないでしょ。アンゴルモアがこのままずっと黙ってるなんて保証はどこにもないんだから一刻も早く討伐作戦は決行すべき。専門家のあいだでも日本のミームでアンゴルモアの鋳型が形成されるならその出現場所は日本国内だろうってことだったんだから」


 「すでに予定外の動きをされてるのか?」


 「そうよ。出現予測を外してるの。ジーランディア付近でアンゴルモアが具現化したのは世界のごみ箱・・・・・・から出る莫大な負力と関係があるかもしれないという見方もある。まあ、それはあくまで仮説だけど」


 「仮に日本でアンゴルモアが出現するなら地形効果から考えても不可侵領域のある六角市が第一候補になるよな?」


 「常時ジーランディアの負力が流れてるんだからそうだと思うわ。まあ、近隣都市の双生市そうせいしなんかも出現圏内には含まれるかもしれないけど。ただ現実問題アンゴルモアはすでに具現化してしまっている。今は負力の構成要素が安定していないからいいけどジーランディアの負力をこのまま受けつづければ透析したように負力の性質が入れ替わって自由に動き出すかもしれない」


 「そんなときだってのに『円卓の108人やつら』は悠長にエトワールの二流派のどっちがテープカットするかってモメてんのか?」


 一条も二条同様に苛立ちを見せるとズボンのポケットからタバコとライターをとり出して一本くわえた。

 

 「いいえ。そこは『円卓の108人かれら』だけじゃなく国連の面々も混ざってるの。たぶん職員関係者の出方も窺ってるんでしょうね? つぎの選挙の関係もあるし。事務総長のポストは欲しい人にとっては喉から手が出るほど欲しいはずよ」

 

 「あっそ」


 一条はもう会話に意味はないとでもいうように、たった一言で片づけた。


 「でも、表星おもてぼし裏星うらぼしにもそれぞれの主張があるのは忘れないで」


 (衆議院、参議院、与党、野党みてーにひとつの集まりの中にも表星おもてぼし裏星うらぼしの支持派がいる。それも各国にだ。さらにややこしくなるな。そりゃあ決定までの時間も押すか。最初から決めとけっつーの!? 本末転倒だよな、いや、この作戦はもとから転倒してるか)


 「まあ……人の思想ってのも侮れねーけどよ? 表星おもてぼしは五芒星を基調とした青のペンタグラム・・・・・・・・裏星うらぼしは六芒星を基調とした赤のヘキサグラム・・・・・・・を象徴としてるんだよな?」


 (どっちも人を守護まもるためのもので二流派の開祖もそんな派閥争いなんて望んでないはずだ。現にそこから派生した術式が陰陽道に繋がったりもしてる。近衛なんて積極的に使用つかってるくらいだ。陰陽道は今でも発展途中でりあり現在進行形で応用されている)


 「そうよ。それに権力を手にした者は往々にして孤独で信頼できる相談相手もいない。そうなると頼るべきはえきってことになる。それも世の常よね。社運を占星せんせいに任せるとか、ときに易者えきしゃが黒幕になるなんてこともあるわ。じっさいに国家を動かしていた事例もあるわけだし。とりあえずアンゴルモアを分割するって結論にはなったけど作戦の決行自体は合図待ちなのよ」


 二条は地上を一瞥いちべつした。


 「合図って?」


 「それはこの場にいれば誰でもわかるって。私がやることは私の能力・・・・で避雷針に雷を落とすだけ。そしてその合図を待ってるってのが今の私たちの現状」


 「誘雷ゆうらいアンゴルモアあれを分割ね。できんのかよ? いまさらながらすげー形してるぞ?」


 一条が訊ねると二条は腰を屈めてまるで自分の靴の音でも聞くような低い位置で耳をそばだてていた。

  

 (なんだ?)

 

 「えっ?」


 二条は独りごとのようになにかをつぶやいている。

 だが、それは会話でなく自分の足元を見渡してなにかを確認しているようだった。

 二条はそのまま体を起こして自分の目の前を指差した。


 「ここに?」


 (誰かと会話してる。開放能力オープン・アビリティ……虫の報せか?)


 「わかったわ」


 二条がそう返答すると一条に向かって一条の足元より三十センチほど先の場所をトントンと指で合図した。

 一条もそのジェスチャーだけで二条の意図を理解する。


 「そこ」


 「ああ、わかった」


 {{開放系空間オープン・ディメンション}}

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