第211話 流麗(りゅうれい)

 「さすがにびびったアルよ~」


 エネミーはぬりかべのうしろで背中を丸めていた。

 人体模型が走っていったときは平常だったけど、なんだかんだこのブラックアウト体のモナリザくらい凶暴なアヤカシに遭遇するのは初めてだろうからそうなるのもしかたないか。

 てか、エネミーの能力って今も発動してんのか? ちょっと浮いてるけど……。

 びびったら浮くのか? エネミーは身を屈めたままで校長の側に歩み寄っていったいや歩んでない。

 飛翔能力で飛んだ(?)ってことにしておくか。


 ぬりかべはエネミーとモナリザのあいだで常に緩衝材かんしょうざいとして盾になっている。

 エネミーは校長のもとまでいくと校長の服の袖をツンツンした。

 

 「繰。あれおっかないアルよ」


 「そ、そうね。でも、みんなもいるし。それにぬりかべが守ってくれてるしね? あっ、ねえ、エネミーちゃん、そのあざって今ぶつけたの?」


 校長はエネミーの太ももの裏を指さした。

 校長エネミーはアクティブに動くからそんな痣のひとつやふたつあるんすよ、と俺がここからいっても届かないだろう。


 「これアルか?」


 「そう、その太ももの裏の痣よ」


 「これはもっと前にぶつけたアルよ」


 「そうなんだ。気をつけてね?」


 校長はそういってエネミーを軽く抱き寄せた。

 

 「わかったアル」


 うなずくエネミー傍で二体のぬりかべは連結して一枚の壁のように重なった。

 ふたりをまとめて護衛するポジショニングに変えたんだ。


 「ぬりかべに助けらたアルな」


 「そうよ。九久津くんの召喚能力のおかげ」


 「九久津は良いやつアルな。グミもくれたし。蛇の護衛もしてくれるアルし」


 「それが九久津くんなのよ」


 なんだか九久津の褒め合いになってる。

 絵画のままのモナリザだったらエネミーもそんなに驚かなかっただろうけど、いきなりブラックアウト体モナリザはびびるよな。

 ……もはや目、鼻、口もないし人の形でもない。

 ほんとにアヤカシって名前がピッタリだ。


 社さんは人の形をした小さな紙を指で挟んで流麗りゅうれいに放り投げた。

 花が散るように紙が舞う。

 流麗、まるで社さんのためにあるような言葉だ……流麗……俺はそんな表現を使ったことないけど思ったことはあった。

 この言葉って現国げんこくの授業で習ったっけ?

 

 ――流麗って雛ちゃん・・・・っぽいね、これ一昨日、国語の授業で習った言葉なんだけどさっそく使ってみた。

 

 この想いも中のヤツ……。

 国語の授業・・・・・って学生なのか? 俺と歳はあんまり変わらないのかもしれない。

 しかも中のヤツは社さんを知っている? いや、九久津に対してもときどき感情が変化するし校長に対してもかもしれない……いったいどういうことだ。


 ――それってどういうこと?


 えっ、社さんの声がした……再現VTRのような感覚。

 でも今よりも、幼い声。

 誰かの思い出を見てるような聞いてるような。


  ――流麗って雛ちゃん・・・・っぽいね、これ一昨日国語の授業で習った言葉なんだけどさっそく使ってみた。


  ――それってどういうこと?

 

 俺の中のやつと社さんとの会話が成立した。

 これはいつかあった出来事なのか? 中のやつは過去に社さんとこんな会話をしたことがあるのか? それとも【啓示する涙クリストファー・ラルム】にこんな症状があるのか? 赤い涙を強制的に透明にするんならそれなりの代償を払う必要があるかも。

 結局、薬ってそういうことだよな。

 あっ、くそっ、今はモナリザのほうに集中しないと。


 {{六歌仙ろっかせん喜撰法師きせんほうし}}={{土}}


 ……ん……気のせいか? 社さん、ふつうの人間じゃ感知できるかできないかていどだけど一瞬もたついたような。

 ってそこに気をとられてる場合じゃねーな。

 社さんも必死に戦ってるんだし。

 モナリザの周囲はレンガを積むように土で固まっていった。

 

 まるで冬囲いのようでモナリザはもう土の中に埋まっている。

 たぶんこれでモナリザはトゲごと封じられたはずだ。

 いとを突き破るほどの威力だったとしても、これだけ分厚い土に囲まれたらさすがにもうトゲは飛ばせないだろう。


 俺がほんのわずかそのモナリザから注意を逸らしたときだった。

 その土の塊のうしろからまたトマトを裏返した物に無数の針金はつけたような頭の物体がバタバタと足音を響かせ走ってくるのが見えた。


 なっ!? 

 ど、どうして? その足音はさらに増える、ヤバっ!?

 二体、三体、くそっ、まだいるのか? 四体、五体。

 土に囲まれているモナリザ含めてぜんぶで五体か。

 

 まずいぞ、この状況は。

 美術室からブラックアウトしたモナリザが四体がこっちに向かってきている。

 

 九久津は人間ではありないほどのスピードで床を蹴ってから左右の壁を交互に蹴って天井で体を旋回させた。


  {{シルフ}}


 九久津はちょうど伸身宙返りの状態でアヤカシを召喚した。

 俺が声を出すより先に九久津が反応してる、九久津の初動早えーし!!

 俺の唇がぺりっと鳴った。

 こんなに唇が渇いてたのか? 自分では気づかなったけど俺は俺で焦ってたんだな。

 喉もカラカラだ。

 九久津が床に着地したときにはもう風は廊下を通り過ぎたあとだった。


 {{野衾のぶすま}}


 九久津が召喚したのは大きなムササビのようなアヤカシで空気を抱えるように廊下に浮いていた。

 そのまま廊下をふわふわ泳いで美術室の前ですたっと下りた。

 そこでまたフーセンガムのように体を膨らませて美術室の入り口を塞ぐ。


 なるほど!! 

 九久津名案だ。

 モナリザの出口を封鎖すんのが手っ取り早いってことね。

 今、出てきた四体だけじゃなくさらに増えるかもしれねーし!?

 

 九久津の召喚した風はじゃなくもやのようになっていて、いまだに辺りを漂っている。

 けれど、その靄は前方にいる寄白さん社さんを明らかに避けていた。

 クリアだった靄は徐々によどんでいく。

 えっ、靄が黒い? いや、黒い風だ……あんな九久津の技は初めて見た。

 九久津が今まで使っていたカマイタチは空気を具現化したように白い線だったのに。

 新しい技か? ……ん? 四体のモナリザの動きが鈍った。

 いや硬直してる? しかもビクビク痙攣けいれんまでしてるし。

 って思ってる場合じゃねー。


 {{ツヴァイ}} 


 {{ドライ}}


 俺もこの隙を有効活用しないと、せっかく九久津がくれたチャンスなんだから。

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